プロダクトオーナーに伴走する「BX」と「課題整理トラック」で意思決定の精度を向上
続いて、ビルドトラップを避けるための工夫の2つ目である「BX(Business Experience)」の設定と「課題整理のトラック」について紹介された。
事業・プロダクトの成長に伴い、開発に関する課題整理や優先順位付けのために、塾の事業や経営・ビジネスモデル、生徒や保護者について理解しなければならない水準が上がっていく。その結果、1人のプロダクトオーナーがすべての課題の依存関係や構造を含めて正しく把握・理解し、取り組む課題の選択・優先順位付けを行うことが難しくなってきたという。
そこでプロダクトオーナーのサポート役として新たにBXという役割を新設し、それまでビジネスサイドでカスタマーサクセスや事業開発などを行ってきたメンバーがその役割を担っている。そして、その人員はプロダクトチームへの完全移籍であり、兼務でないことがポイントだ。
これまではデュアルトラックアジャイルとして、ディスカバリーとデリバリーは並行して行われてきたが、プロダクトの課題が複雑化するにつれて、そもそもの取り組むべき課題を正しく捉え、整理・構造化する必要性が増してきていた。そこで、ディスカバリートラックの前段に「課題整理トラック」を明示的に置き、ここをBXが担っている。さらに、開発に携わる全員が課題を正しく認識し続ける重要性が高いため、BXは課題整理トラックにとどまらず、ディスカバリー・デリバリーのそれぞれのトラックで、プロダクトオーナーや開発チームに伴走してサポートを行う体制にした。
「顧客観点・ビジネス観点をプロダクトオーナーおよび開発チームに持ち込むことで、プロダクトチーム全体が現場や課題の解像度を高め、理解を深めていくことを望んでいる。ここでも重要になるのは現場であり、表面的な理解や打ち手を回避し、現場で起きていることを正しく捉え、意思決定を行うため挑戦をしている」と江波氏は語った。
ビジネスとプロダクトの双方理解を深める「現場」の共有
そして江波氏は、3つ目の「ビジネスチームとの共通理解を醸成するための工夫」について紹介。そもそも「ステークホルダーの意見や要望をそのまま受け入れる」ことはビルドトラップのリスクがあるとは言え、決して無視や軽視すべきものではない。プロダクトチームはそれらを正しく咀嚼し、意思決定する必要がある。江波氏は「ビジネス対プロダクトの構造を作らないことが大切」と述べ、「そのためにはビジネスチームによるプロダクト理解と、プロダクトチームによるビジネス理解の両方が不可欠」と語った。
同社はビジネスチーム(コーポレートを含む全社員)がプロダクト理解をし続けるために、週に1回、全社でプロダクトを理解する時間を取り、新規開発・改善した機能紹介、それぞれの開発背景、ディスカバー結果の共有などを行っている。「触っておいて」「資料を見ておいて」ではなく、全員が同じ場で実際のプロダクトを見ながら共有することを大事にしているという。さらに入社時には、職種問わずプロダクト体験・研修はもちろん、プロダクトに実装されたアルゴリズムの説明も含め、プロダクト関連だけで10時間以上の入社研修を行い、全社員がプロダクトを深く理解する取り組みに力を入れている。
プロダクトチームによるビジネス理解については、まずビジネスチームが感じている課題感を、テキストではなく「生の声」で伝える場が高頻度で開催されている。またビジネスチームで行っているカスタマーサクセス事例・ナレッジの共有会にはプロダクトチームも参加しており、さらにビジネスチームが塾と行うミーティング、ヒアリングにプロダクトチームが同席することも推奨している。
江波氏は「同じ現場・場面を見て、同じ景色・時間を共有することが大切。プロダクトチームがビジネスチームと共通理解を持つことで、フィードバックや要望の背後にある課題を正しく理解できるようになる」とその効果を語った。
表面的なメソッド導入だけではNG! ミッションに熱狂しチャレンジに貪欲な組織カルチャーを醸成
江波氏は、こうした取り組みの最たる土台は「組織のカルチャー」だと話す。実際、これがないままに、表面的なメソッドや取り組みを取り入れても、根付かせることは難しい。カルチャーレベルでそうした取り組みを推奨することが不可欠だ。
そして「私たちが何よりも大切にしているのは“Wow students.”を提供すること。これがミッションを実現する一番の近道だということを全員が理解している」と語り、ほかにも大切にしている3つの行動である“Think beyond(常識は、さておき。)” “Speak up(話そう、とことん。)” “Love fun(楽しくなくっちゃ。)”を紹介した。この3つを体現するために必要なことは、精緻に言語化した「カルチャーコード」として共有されており、組織全員の意識がそろっていることが、さまざまな施策を有効化する土台となっていることがよくわかる。
江波氏は「まだミッション実現の途中」としながらも、表れている成果として、成績向上の実例や、生徒たちが楽しみながら学んでいる声などを紹介。そして新しい挑戦として、あしなが育英会への「atama+」の無償提供や、立命館との「新しい高大接続と入試の在り方を考える共同研究会」の立ち上げなどを紹介し、「ミッションの実現に向けて走り始めたばかりで、やりたいこと・やれることがたくさんあるので、チャレンジの速度を上げたい」と語り、まとめの言葉とした。