COVID-19によって生み出されたDXへの潮流
「DXという言葉が、あまり受け入れられていない感触がある」――。DXと向き合う中で、市谷さんはそう感じていました。DXという言葉の射程があまりに広く、イメージが拡散するゆえに、どう受け入れてよいのかわからないのかもしれません。そして、市谷さん自身も以前はこの「DX」という言葉を聞き流し、自分の外側に置いていました。
DX is a redefine of UX
外部環境が変化し、テクノロジーを活用した新しいサービス・事業の創出が求められるようになってきました。顧客体験を再定義し、新たな価値を生み出し続けられる組織へのトランスフォームが必要とされているわけです。
プロダクトをつくればいい、事業をつくればいい、というものではない。新しい価値を生み出し続けられる組織の体制、文化、活動へ変革することが重要である、そんな時代が到来しました。
もともとその傾向はありましたが、COVID-19による誰も経験したことのないような外部環境の変化は、間違いなく2020年のDXへの潮流を生み出した一つの大きな要因でした。
DX1周目における「出島戦略」と注意点
「一休さんの屏風のトラ」DX
こうして始まった、DX実現への大潮流。その船出は、決して順調なものではありませんでした。「そんなことできるわけないやろ、のジレンマ」と市谷さんがいうように、密度の高い絵とロードマップはあるものの、それを実行に移す体制・運営・作戦がないという現実が横たわっていたのです。
「失敗から学ぶ」とはいうけれども、あまりにも準備がないため、次につながらない失敗になってしまう。探索的な取り組みにおいては失敗はつきものですが、同時に最大の失敗は「何も学べていないこと」であるといえます。
組織の中に組織を作る
DXを進めるに当たっては、これまでの組織・事業を支えてきた価値判断が障壁となり得ます。今まで信じて疑わなかったもの、現に利益を生み出す方法。「これまでとこれから」「既存事業と新規事業」「全体と詳細」が分断となって現れます。
こういった分断の中で、それでも前に進むためにはどうしたらよいか。そのための一つの戦略が「組織の中に組織をつくる」こと、いわゆる出島戦略です。
「これまで」の影響から隔離し「これから」に向けた「実験場」をつくる。これによって、新しい物事が既存のものさしで評価されてしまう、「これから」を「これまで」の基準で評価してしまうという問題を避けることができます。深化と探索を高いレベルでバランスする、「両利きの経営」が求められていくのです。
"出島"だけでは組織はトランスフォームしない
一方で、「これまで」から切り離された出島がいくら先進的な取り組みを行おうと、"本土"の変革が置き去りになるままでは組織全体の成果までは到達できません。そう、「これまで」と「これから」の「戦い」にしているうちは、変われないのです。
アップデートという言葉は、古いものから新しいものへの置き換えを想起させます。そのため「これまで」にとっては「これから」が脅威に、「これから」にとっては「これまで」が仮想敵になってしまいます。
本来は二項対立ではなく、ともに進む二項動態であることが望ましい。アップデート(更新)ではなくアライアンス(提携)という形態で繋がってゆくことこそが、組織変革への道しるべとなります。なお、二項動態という言葉は野中郁次郎先生らによる著作『知略の本質』で登場したものです。