即戦力を多く採用するディー・エヌ・エーが、新卒研修に求めたこと
ディー・エヌ・エーから、新卒研修を手伝ってほしいという依頼を受けたとき、ギブリーの新田氏は2つ疑問に思うことがあったという。一つ目は、そもそもディー・エヌ・エーが新卒研修を実施する必要があるのかということ。ディー・エヌ・エーは新卒でも、開発経験がありエンジニアとして即戦力となる人材を多く採用しており、いきなり現場に出してOJTで学んでもらうだけで十分なのではないかということだ。
もう一つは、なぜ研修を内製しないのかという疑問。IT企業の中には新卒研修を内製し、その内容をインターネットで広く公開している企業もある。ディー・エヌ・エーなら研修を内製するのが自然なのではないだろうかというものだ。
平子氏は一つ目の疑問に対して、新しいものを柔軟に学び続ける力を身に付けてもらいたいということと、不確実な時代に正解がない中で、個人あるいはチームとしてどのように学び続ければ良いのかを学んでもらいたいという答えを返した。新卒社員には、現場で必要になる技術なども学んでもらうが、それよりもエンジニアとして活躍し続ける姿勢を身に付けてもらいたいということだ。
そして、二つ目の疑問に対しては、学び方や学ぶ姿勢などのソフトスキルを身に付ける研修は、技術の使い方などのハードスキルを身に付ける研修に比べて内製に大きな労力がかかるため、「餅は餅屋。外部の力を借りながら進めたい」と答えた。さらに、「内製だけでは研修内容がガラパゴス化してしまうところがある。新卒社員にはディー・エヌ・エーだけで活躍できる人材になってほしいとは思っていない。グローバルに活躍してほしい」という思いを明かした。
では、以上のような思いを持って作り上げた研修はどのようなものだろうか。下図は、今年度の新卒社員を対象に実施した、研修の主なカリキュラムだ。この内容を4月〜6月の3カ月間で消化したという。
見ての通り、カリキュラムは主に4つのステップに分かれている。そして、それぞれのステップにきちんと狙いがある。一つ目の「チームでの学習の前提を学ぶ」は、「これまで学校に通い、ひとりで学習してきた新入社員に、チームで学ぶにはどのようにすれば良いのかという大前提を学ぶステップ」だと平子氏は語る。
メニューにもドラッカーエクササイズやFun・Done・Learnによる振り返りなど、チームで取り組む課題が並んでいる。平子氏は「チームで改善していくにはどのようにすれば良いかを学んでほしかった」とその狙いを明かした。
2つ目の「変わらないものを学ぶ」のカリキュラムを見てみるとグラフ構造やアルゴリズムなど、一見ハードスキルに見えるものが並ぶが、その奥には「コンピューターサイエンスはエンジニアとして働き続けても変わらないこと。それを日々の業務にどのように活かすのかを学んでほしい」という狙いがある。ハードスキルを学びながら、「実務で活かす」というソフトスキルも学ぶということだ。
さらに平子氏は、「学生時代にコンピューターサイエンスを学んでいる新卒生もいるが、実務でどのように活かすのかということを学んでいる新卒生はそれほど多くない」と近年の新卒生の傾向について明かした。
3つ目の「変わり続けるものを学ぶ」は、Webアプリケーションや、Git、Linux、Dockerなど、明らかなハードスキルを学ぶカリキュラムになっている。ただし、ここでも「変わり続ける技術をどのように習得し続けるのか」というソフトスキルを学んでほしいという狙いがある。
4つ目の「価値を共創することを体験する」では、実際にユーザーに使ってもらえるプロダクトやサービスをチームで開発する。デザインスプリントの手法で「どんな物を作るのか。顧客はどういった課題を抱えていて、どういうニーズがあって、どのように価値を創造していくのか」ということをチームで考え、その結果として出てきたものを実際にスクラムでアジャイル開発していく内容になっている。
チームで開発するカリキュラムについて平子氏は、「学生のうちはどのような技術を使うのかというところを意識しがちだが、大切なのは技術を使ってどのような価値を出していくのか。ビジネスとしてのエンジニアリングを身に付けてもらいたい」と狙いを明かした。
ソフトスキルを身に付ける研修はどのように作られたのか
平子氏は2022年の新卒研修の設計で外部の力を借りると決めた後、教育を手掛けている複数の企業に連絡を取った。その中でもギブリーの提案は「ディー・エヌ・エーの意図をくみ取ったものであり、魅力的だった」と振り返る。ただし、「提案内容をどのように実現するのかという部分が見えていなかったのが不安だった。そこで、検証のための時間を長めに取った」という。
両社の取引が決まり、ギブリー側からの提案を受けるようになると、不安は的中する。新田氏は「ディー・エヌ・エー側の意図を可能な限りくみ取って提案していったが、『何か違うんだよなー』という反応が続き、話がなかなか前進しなかった」と、当時の状況を思い返す。
当時感じていた違和感について平子氏はこう語る。「研修生には『学ぶことは楽しい、今後も学び続けたい』と感じてもらいたいという思いがあったが、ギブリー側の提案を見てもそれが研修生の体験にどのようにつながるのかという部分があまり見えていなかった」。
新田氏はその当時の提案内容について「今考えると、講師やカリキュラム内容など研修のハード面の話が多かった。先方が求めていたのは研修生に与えたい体験や感情変化などのソフト面だった。これではすれ違いが続くのも不思議ではない」と語った。提案の差し戻しが続いたため、新田氏は平子氏にジャーニーマップを共同で作るところから始めることを提案した。「ここから空気が変わっていった」(新田氏)。
ジャーニーマップの作成を提案した理由について新田氏は「何をいつやるかではなく、受講者に最終的にどうなっていてもらいたいか。学習の過程で何を感じてほしいかといった抽象的なところですりあわせができていないと上手くいかないだろうなと考えた」と明かした。そして、ジャーニーマップを作ることで「抽象度が高いレベルで抱えていた暗黙知的なものをすりあわせながら進めることができた」と振り返る。
ジャーニーマップを作成するときは、平子氏と新田氏の2人だけでなく、昨年の受講者、研修を担当する講師、現場で活躍しているエンジニアなど、さまざまな関係者に参加してもらったという。そして、ジャーニーマップを作る際には「ペルソナを決めて、ユーザージャーニーを書いていった。昨年の受講者にはペルソナとして関わってもらった」(新田氏)そうだ。
多様な参加者が意見を出し合った結果、完成したジャーニーマップ(下図)はかなり大きなものになった。結果について平子氏は、「多様な参加者の視点、もちろんギブリーの視点も盛り込めて、ディー・エヌ・エー単体ではできなかった価値の創出につながった。作成時は参加者間で議論しながら進めたが、アイデアがポップコーンのようにポンポン飛び出していた」と手応えを語る。
平子氏はまた、「ジャーニーマップの作成時はマインド、感情といったところから入っていった。『研修生には最終的にこういうことを考えていてほしいな』ということや、『今後の研修を楽しみだと思う』などといったことを考えていた」と、研修生の感情を第一に考えて進めたことを強調した。研修生には「研修を受けた後の自分にわくわくドキドキしていてほしいな」とも思っていたという。
ジャーニーマップの効果は大きかったようだ。「研修生の感情、体験など価値観をすりあわせ、それを実現するにはどうすれば良いのかという視点を持って、実際の研修で何をするかを話し始めたらスムーズに話が進むようになった」(新田氏)。
こうして研修内容が決まり、実際に研修が始まる。しかし、ここに至っても研修内容は完全に固まったわけではなかった。平子氏は「受講者から毎日アンケートを採り、アンケートの結果に応じて毎朝研修の内容を調整した」と研修時を振り返った。ちなみに、研修時に受講生が開発したサービスは「CTO室が引き取って、現在でもディー・エヌ・エー社内で運用を継続している」という。サービスの完成度の高さと、それを可能にした研修の充実ぶりがうかがえる。
最後に平子氏は今年度を振り返って来年度に向けてこう語った。「まず、来年度入社の新卒については採用が上手くいって、今年度の倍の人数になった。今年度のままではできないので、内容を考え直したい。そして、今年度は講師を早く決めることができなかったため、設計から講師を巻き込むことがあまりできなかった。来年は早めに講師を決めて巻き込んでやっていきたい」。