なぜ今、プロダクトエンジニアが求められるのか
「私たちエンジニアの仕事とは何か」。セッション冒頭、丹羽氏はそう問いかけながら、自身のキャリアを振り返った。

高校・大学時代に独学でプログラミングを学び、大学院では「複雑なものを構築する面白さ」に目覚めた。新卒でSIerに入社し、大規模システムの開発に携わるなかで、放り込まれたのは1年弱に及ぶ炎上プロジェクト。複数のメンバーがメンタルを病み、丹羽氏自身も血反吐を吐くような思いで、なんとかリリースにこぎつけた。
ところが、その機能はユーザーのニーズをまったく捉えておらず、結果的に“まったく使われない”という結末を迎えた。

この経験は、丹羽氏の価値観を大きく揺さぶった。「そもそも自分たちはなぜ、システムを作っているのか」。そんな根源的な問いが芽生えたのだ。
その思いに方向性を与えたのは、次に関わった飲食業向けSaaSの新規立ち上げプロジェクトだった。現場に足を運び、ユーザーの課題を直接聞き取りながら、プロダクトを磨き込んでいく。「システムをつくる」から「価値を届ける」へ──丹羽氏の関心は、徐々にプロダクト志向の開発へとシフトしていった。
そんな丹羽氏は現在、アセンド株式会社でCTOを務め、運送業向けに複数のSaaSプロダクトを開発・運用しながら、社内のプロダクトエンジニア組織を牽引している。「価値あるプロダクトをつくることは、ユーザーのためであると同時に、エンジニア自身の幸せを守ることでもある」。そう力強く語る。
では、プロダクト志向を中心とした開発とは何か。その成否を握る存在こそ、本セッションのテーマでもある「プロダクトエンジニア」だ。
「プロダクトエンジニア」という言葉が最初に注目されたのは2018年。Atlassian社のシニアプロダクトマネージャーが、自身のブログで紹介したのが始まりだった。その後2023年には、Next.jsを手がけるVercel社がこの概念を再び取り上げ、スタートアップ文脈での再定義が進んだ。日本国内では、丹羽氏自身が「プロダクトエンジニアとは何者か?」という記事をnoteで公開。300近い「いいね」を集めた。
なぜ今、プロダクトエンジニアが求められているのか? その理由について、丹羽氏は「プロダクトの価値は、領域の狭間で失われるから」と語る。
たとえばCSVのインポート機能を開発する場合、エンジニアは「読み込みに時間がかかるので非同期処理にしよう」と考える。一方、デザイナーは「進捗率を表示して体感時間を軽減したい」と提案し、プロダクトマネージャーは「使用頻度が低いから、そこまで工数をかける必要はない」と判断するかもしれない。
こうした視点の違いは自然なことだが、前提知識の差やコミュニケーションの齟齬が重なれば、本来届けられたはずの価値が失われてしまう。仕様策定、設計、実装、テスト、リリース、運用──すべての工程で妥協を重ねているうちに、顧客体験やサポート効率にまで悪影響が及ぶわけだ。

「DevOpsやフルサイクル開発が注目される背景には、こうした構造的な課題がある」と丹羽氏は言い添える。この課題を乗り越えるための視点を持つことこそが、プロダクトエンジニアに課せられた役割なのである。