「仕事とコミュニティは切り離せない」
2人目の登壇者は、Scrum Fest Osaka/スクラム道関西の松尾浩志氏。関西・神戸を拠点に、副業をしながらアジャイルコミュニティの運営に深く関わってきた人物だ。音楽好きが高じて、ときにDJとして活動する一面もあるという。
松尾氏は現在、「Scrum Fest Osaka(以下、スクラムフェス大阪)」の実行委員として活動するほか、アジャイルラジオの運営スタッフ、「スクラム道関西」の運営も担うなど、八面六臂の活躍を見せる。とりわけ「スクラムフェス大阪」には2019年の初開催から携わっている。
全国に広がるスクラムフェスの発端には、ある懇親会での一幕があった。2018年、東京で開催された「RSGT(Regional Scrum Gathering Tokyo)」の懇親会で刺激を受けた松尾氏らは、「この楽しさを関西でも」と思い立ったのだ。そして懇親会の盛り上がりの中で開催を決意。翌年2月には200名超の参加者と15社の協賛を得て、第1回「スクラムフェス大阪」が実現した。現在では、北海道から沖縄まで10か所以上で「スクラムフェス」の名を冠するイベントが開催されている。
松尾氏の関わる他のコミュニティも、実にユニークだ。「スクラム道関西」は、OST(Open Space Technology)やLean Coffee形式を取り入れ、アジェンダなしで160回以上の集まりを続けてきた。「アジャイルラジオ」では、「調整さん(日程調整ツール)を使い、集まれる人が、集まれるときに集まる」方式。テーマも当日の冒頭10分で決めて収録するなど、200回目前にもかかわらず“脱力系”な運営を貫いている。準備や目標を最小限に抑える「がんばらない継続」が、結果的に長く続く秘訣になっているという。
なぜコミュニティに関わり続けているのか。松尾氏がコミュニティに足を踏み入れたのは30代半ば。小さな会社で外とのつながりがないまま、キャリアへの漠然とした不安や閉塞感を抱えていた頃だった。スクラムマスターやプロダクトオーナーといった孤独な立場にあった松尾氏にとって、「スクラム道関西」はまさに“駆け込み寺”のような存在だった。会社では理解されなかったアジャイルの悩みを共有でき、フラットに話せる仲間と出会えたことが、キャリアと心の両面を支えてくれたのだ。
そのような経緯もあり、もはや「仕事とコミュニティは切り離せなくなってきている」と松尾氏は語る。仕事で得た経験をコミュニティで共有し、コミュニティで得た知見を仕事に活かす。その循環が、個人にも組織にもプラスの影響を与えているのだ。
最後に松尾氏は、コミュニティを「飲み屋のようなもの」と表現した。行きつけの「飲み屋」のように、気軽に通える場所がひとつあるだけで、キャリアも人生も大きく変わるかもしれない。自分も誰かの“行きつけ”になるつもりで、これからもコミュニティに関わっていきたい──そう締めくくった松尾氏の言葉には、アジャイルと人に対する温かなまなざしが込められていた。
海外コミュニティへの参加を目指すエンジニアの背中を押したい
3人目の登壇者は、千葉工業大学でエンジニアを志す学生の永見拓人氏。「海外登壇という選択肢を与えるために ~Gophers EX」と題し、自身の登壇活動とその延長線上にあるコミュニティへの貢献について語った。学部3年生(2025年2月時点)である永見氏は、学内サークルでの自宅サーバー運用や、Argo CDへのコントリビューションを目指した活動、KubeCon EUへのプロポーザル提出など、アグレッシブな技術挑戦を重ねている。
そんな永見氏にとって、コミュニティとの関わり方は「登壇」に特化している点が特徴的だ。「あまり人前で話すのが苦にならないタイプなんです」と話す永見氏は、大学内のLTイベントを皮切りに、外部の勉強会、セキュリティ・ミニキャンプでの講義、そしてついには国際カンファレンス「GoLab 2024」(イタリア)での英語登壇を果たすに至った。
この経験をきっかけに、永見氏は「自分だけでなく、他の人にも同様の機会を提供したい」と考えるようになった。そこで立ち上げたのが、日本のGo言語ユーザー(Gopher)に海外登壇という選択肢を開くことを目指す「Gophers EX」というプロジェクトだ。「EX」には、海外進出(Overseas Expansion)、急行(Express)、実験(Experiment)の3つの意味を込めた。
プロジェクトの最終的な目標は、日本から海外カンファレンスの登壇者を増やすこと。そのための中間ステップとして、海外カンファレンスへの参加者を増やすこと、そして登壇を目指すプロポーザルの「量と質」の底上げを目標に掲げている。
「日本人が海外に出にくい最大の理由は“英語の壁”です」と、永見氏は明言する。英語でのセッション理解や現地での交流に対する不安、孤独感といった要素が連鎖し、そもそも勉強のモチベーションが保てなくなるというのが永見氏の見立てだ。加えて、プロポーザルの執筆や英語登壇へのハードルも大きい。

こうした課題に対し、永見氏は「参加の壁」と「登壇の壁」という2つの側面からアプローチを試みている。
「参加の壁」に対する取り組みとしては、英語主体の国内イベントの企画を進めている。これは、前半に英語での発表、後半に同内容を日本語で再発表する形式で、英語に対する心理的障壁を和らげ、リスニング力や理解度の向上を図るという。また、海外カンファレンスへの同行ツアーのような構想も描いており、現地で日本人同士が支え合える環境づくりを模索している。ただし、こちらは金銭的な課題が残るという。
「登壇の壁」については、「Proposal Challengers」という実践的なプログラムをすでに立ち上げている。これは、Go言語の国際カンファレンス「GopherCon」へのプロポーザル提出を目指すもので、英語ブログの輪読、英語話者によるレビュー、参加者同士のピアレビューなどを通じて、内容のブラッシュアップを行う。さらに、英語イベントでの模擬登壇の機会も設け、実践の場を提供している。
「Gophers EXはまだ始まったばかりですが、この取り組みを通じて、次の世代に新しい選択肢を残したい」。そう語る永見氏の姿からは、技術への情熱だけでなく、未来の技術者たちに道を拓こうとする、若きリーダーとしての姿勢が確かに感じられた。
