偶然と行動が切り拓くコミュニティとキャリアの可能性
LayerXでエンジニアリングマネージャーを務める新多真琴氏は、「偶然×行動で人生の可能性を広げよう」というテーマで登壇した。新多氏はEM向けのコミュニティ「EMゆるミートアップ」や、スタートアップのアジャイル実践者を対象とした「Startup in Agile」の運営(当時)に加え、EM向けカンファレンス「EMConf JP」の実行委員会を務めるなど、確かな存在感を放つ。
そんな新多氏が本セッションで投げかけたのは、「人生の可能性をどう広げるか」という大きな問いだ。
新多氏によれば、その鍵は「選択肢を増やすこと」にあるという。選択肢が多ければ多いほど、自分の未来に対してより多くの道を描ける。そのためには、「できることを増やす」「チャンスにアクセスできる環境をつくる」ことが具体的な手段になるとした。
そうした考えは、新多氏自身のキャリアにも通じている。新多氏はエンジニアからCTO、エンジニアリングマネージャーへとロールチェンジする中で、新たな視点や経験を獲得し、選択肢と可能性の幅を広げてきた。また、「社外メンター」という概念にも触れ、「社内だけでは得られない知見に触れられる」と説明。コミュニティを通じて出会った仲間とのコラボレーションが、自身のキャリアや視野を大きく広げる原動力になってきたと明かした。
さらに新多氏は、「人生の可能性をどう広げるか」という問いに対する理論的な裏付けとして「計画的偶発性理論(Planned Happenstance Theory)」を紹介。この理論では、人生の重要な転機の多くが偶然の出会いや出来事によってもたらされるとし、偶然をチャンスに変えるために必要な5つの特性──好奇心、持続性、柔軟性、楽観性、冒険心が提示されている。
実際、新多氏自身も数々の偶然をキャリアに結びつけてきた。学生時代、誘われて参加したカンファレンスで出会った企業から就職先を決めた経験や、のちに同カンファレンスで自身のキャリアを振り返ったプロポーザルが採択され、それがベストスピーカーに選ばれた出来事。さらには元同僚からの誘いで入社した企業でCTOの役割を担ったことなど、数々のエピソードが「偶然」と「行動」の交差点から生まれている。
また、運営に携わる「EMゆるミートアップ」や「EMConf JP」も、同様に偶然と行動の積み重ねから誕生したものだ。関東近郊で活動するEMコミュニティの主催者たちとの何気ない会話の中から、「カンファレンスをやってみようか」というアイデアが生まれ、好奇心と行動力によって現実のイベントへと形を変えていった。「偶然から生まれた機会を、行動によって実現させていく。それが自分のスタイルです」と新多氏は言う。
「キャリアは、コミュニティに広げられ、ときに予想外の方向に導かれ、育まれてきた」と話す新多氏。自身がコミュニティから多くを得た一方で、今では悩みを抱えた後進の相談に乗るなど、支える側としての役割も担うようになった。特に「Startup in Agile」では、同じように壁にぶつかる実践者同士が知見を共有し合う場となっており、その循環こそが活動の原動力になっていると話す。
最後に新多氏は、「コミュニティは発信者だけで成り立つものではない。関わってくれる人、支えてくれる人がいてこそ」と強調。参加者に向け、「声をかける、懇親会に足を運ぶ、SNSで感想を発信する……そんな小さな一歩が、皆さんの新たなつながりや機会にもつながる」と具体的なアクションを呼びかけて締めくくった。
「不安だらけ」からカンファレンスを主催するまで
株式会社リンケージの歌丸杏淑氏は、PHPやスクラムに関する活動を軸に、登壇やカンファレンスへの参加を継続してきた。そんな歌丸氏が初めてカンファレンスに足を運んだのは、先輩の誘いがきっかけだった。ただし当時は、「ああいう場所はレベルの高い人の集まりで、自分が行くものではないと思っていた」と語るように、あまり前向きな気持ちではなかったという。
その後、登壇の打診を受けた際にも、「自分なんかが話していいのか」と迷いがあった。そんな歌丸氏の背中を押したのが、先輩の「自分にしか語れない体験こそ、発表する価値がある」という言葉だった。このひと言をきっかけに、登壇への一歩を踏み出す。
実際に登壇してみると、思いがけないほど多くの共感やフィードバックが寄せられ、「やってよかった」と心から思えた。この原体験が、以降の活動を力強く後押ししていく。
「発表って楽しいかも」と感じ始めた歌丸氏は、自らプロポーザルを提出するようになり、登壇の機会を広げていった。PHPerKaigi 2022では初の採択を経験し、現地参加も実現。業務上の悩みをテーマに発表したことで、「自分だけでなく、他の人も同じように悩んでいた」と、リアルな場での共感が大きな支えとなった。
登壇だけでなく、参加者としての学びも積極的に深めてきた。気になるトークの登壇者に直接質問したり、懇親会で声をかけたりといった行動の背景には、「プロダクトを良くしたい」という明確な想いがあった。
そんな自身の経験を踏まえ、歌丸氏は「たとえ聴講だけのつもりでも、少しだけ動いてみるのがおすすめ」と話す。SNSで感想を投稿する、アンケートに答える、参加ブログを書く──そうしたささやかな働きかけが、思わぬ出会いや気づきにつながる。歌丸氏もまた、そうした小さな関わりを重ねるうちに、いつしかイベントスタッフとしてコミュニティの“内側”にいる自分に気づいた。
そして、ついには自身がカンファレンスを主催する立場へと進んでいく。2024年・2025年には「PHPカンファレンス小田原」を主催し、参加者155名、協賛企業12社を集めるまでに成長。「もっと登壇の機会が増えれば」という想いを、自ら場を作ることで形にした。
日に日にコミュニティへの関わりを深めていった歌丸氏だが、あえてこう問いかける。「コミュニティに行きさえすれば、誰もが“広がるキャリア・深まる人生”を得られるのか?」。
歌丸氏の答えは、「部分的にイエス」だ。自身も最初は受け身の参加者だったが、目的を持ち始めたことで行動が変わり、そこから得られるものも大きくなったという経緯があるためだ。はじめは明確な目標がなくても構わない。何か一つでも心に残る瞬間があれば、それをきっかけに一歩踏み出してみてほしい──そんな想いが、歌丸氏の語り口にはにじむ。
「気づけば、私は“背中を押してもらう側”から、“誰かの背中を押す側”になっていました」。その姿はまさに、セッションのテーマ「エンジニアコミュニティで広がるキャリア、深まる人生」を体現している。
コミュニティに参加するだけでは、きっともったいない。小さな行動の先に、「広がるキャリア、深まる人生」が待っている。
