なぜパナソニックではソフトウェア開発力強化は進まなかったのか
登壇者の一人である加藤慎介氏は、パナソニックホールディングス株式会社において、グループ全体のソフトウェア開発力強化を担う技術部門に所属する。長年にわたってソフトウェア開発の現場に携わったのち、近年では「開発力そのものをどう底上げするか」という構造的な課題に向き合っている。
パナソニックグループは、一般的には製造業の企業として認識されている。しかし実態は、白物・黒物家電にとどまらず、車載ソフトウェア、エネルギー、デバイス、住宅向けシステム、さらにはクラウドやソリューションビジネスまで、極めて幅広い事業領域を展開する企業だ。ところが、この事業ドメインの広さが裏目に出て、ソフトウェア開発における前提条件を複雑にしてきた場面もあった。
事業が多岐にわたるということは、必然的にグループ会社の数も多くなる。それぞれが異なる歴史や文化、開発スタイルを持ち、マイコンレベルの組み込みソフトウェアを扱う現場もあれば、車載のように大規模なソフトウェア開発を行う部門も存在する。制御系、組み込み、クラウド、アプリケーション。対象も規模もまったく異なる開発が、縦割りの組織構造の中で個別最適化されてきた。
その結果として生まれたのが、「必要以上に硬い」開発現場だ。ウォーターフォール全盛期に作られたルールがいまだに残り、現場では容易に変更できない。情報セキュリティやIT管理の観点から設けられた規程も、時代に合わない形で温存されてきた。SaaSは原則禁止とされ、「ソースコードをクラウドに置くとは何事だ」という強い抵抗感も根強く残る。
さらに、ハードウェア中心で価値を築いてきた企業文化が、ソフトウェア開発の制約となる場面もあった。ソフトウェアは付随的なものと捉えられがちで、価値の位置づけや投資の是非に関する議論は後回しにされてきたのだ。その結果、開発環境やツールへの投資は慎重になり、現場改善が進みにくい状況が続いていた。
加藤氏が所属する全社システム開発力強化推進室は、まさにこの状況を変えるために設けられた。個別の開発ではなく、グループ全体のソフトウェア開発力を底上げし、新たなビジネスモデルへの変革を加速することをミッションとする。最新技術をいち早く取り込み、横断的に展開する。その過程で、他社と比較して遅れている部分があれば、危機感を共有する役割も担っているという。
こうした背景の中で示されたのが、「開発環境の文房具化」という考え方だ。
ノートやペンといった文房具は、必要なときに、とくに気負うことなく手に取れる。当然、導入にややこしい手続きは不要だ。「ソフトウェア開発力を強化するには、最新技術もこのくらい気軽に、当然に手に取れる状況を作らなければならない」と、加藤氏は危機感を込めて語る。
予算組みや稟議、契約確認、部門間調整といった手続きが幾重にも重なり、導入までに時間を要してきた従来のやり方を変え、開発ツールを「使いたいときに使える」状況にする。これをキャッチフレーズとして掲げたのが、「開発環境の文房具化」だ。こうした環境を整えて初めて、ソフトウェア開発力強化のスタートラインに立てる——全社に波及する改革は、こうして緒に就いた。
