技術部門主導で進めた「文房具化」の仕組みづくり
パナソニックグループに限らず、多くの企業で見られる典型的なスタイルが、IT部門主導による一括管理である。グループ全体で開発環境やツールを導入する際、IT部門がベンダーと契約し、技術部門はそのルールの下で利用する体制だ。この体制は、全体としての統制を取りやすい一方で、「必要なツールを必要なときに使えない」「使うたびにお伺いを立てなければならない」といった不満を生みやすい。
「このような状況で、果たしてソフトウェア開発の実力を十分に発揮できるのか」。加藤氏はそう問いを投げかけ、開発環境の在り方そのものが、見直すべき前提条件だったと振り返る。その問題意識と重なったのが、グループ全体で進められていたトランスフォーメーション活動、Panasonic Transformation(PX)だ。
PX活動とは、DXを核に情報システムやオペレーション、さらには企業カルチャーまでを変革していく取り組みである。その過程で、「技術部門とIT部門は本当に継続的に連携できているのか」「両者の関係性が形骸化していないか」といった課題が改めて浮き彫りになっていった。
こうした流れを追い風に、加藤氏は開発環境の文房具化を具体的に進めていった。大きな転換点となったのは、「IT部門に管理を任せきらない」という判断だ。開発環境の設計や方針決定は技術部門が主導し、IT部門には商流の整理や運用支援を担ってもらう。この役割分担によって、開発環境を実際に利用する技術部門が主導権を握れるようになった。
この体制なら、運用に不満があっても、技術部門自身で変えられる。まさに「自由を勝ち取った」格好だ。しかし加藤氏は、「ただしその裏側には、自分たちが使う道具の主導権を他人に委ねないという、技術者としての覚悟も求められる」と強調する。開発環境に対して過剰な制約、いわゆる「機能の蓋」を設けない運用が可能になった一方で、技術部門には、開発環境や運用を継続的にアップデートしていく責任が課されたわけだ。
この考え方を具体的な形に落とし込んだ事例として紹介されたのが、西田正代氏による「GitHub導入奮闘記」だ。加藤氏と共にソフトウェア開発力強化を推進してきた西田氏は、「奮闘記」というタイトルが示す通り、決して平坦ではなかった取り組みの実情を語った。
本来であれば当たり前に使えてしかるべき開発基盤であるGitHubだが、パナソニックグループでは「クラウドにソースコードを置いてよいのか(オンプレミスであるべきではないか)」といった抵抗感が根強く残っていた。これを覆すために進められたのが、GitHub Enterprise Cloudの全社導入だ。
導入にあたっては、「自治会」なる運営母体が立ち上げられた。推進部門やIT部門に加え、実際に利用する各オーガニゼーションの管理者が参加し、エンタープライズオーナーも含めて運営と意思決定を行う場だ。
「自治会」が掲げた最重要ポリシーは、「できる限り制約なく活用できるようにする」ことだった。もっとも、縦割りの事業会社が多数存在する以上、完全な一枚岩を目指すのは現実的ではない。そこで採られたのが、地方自治に近いモデルである。エンタープライズレベルではあえて細かなポリシーを設けず、その代わりオーガニゼーションごとに管理者を定め、判断と責任を委ねる。新機能がリリースされた場合も、エンタープライズ側で一律に制限をかけるのではなく、使うかどうかを各オーガニゼーションが自ら判断する運用とした。
このような体制によって、「道具を導入する」段階はひとまず乗り越えた。しかし、開発力の底上げという本来のミッションは、むしろここからが本番である。次に待つのは、「道具を使いこなす」フェーズだ。
