エンジニアが都知事選で15万票を獲得した戦略とは?
安野氏は冒頭、本セッションの目的を2つ掲げた。1つは、AIが社会を大きく変革する中で、キャリアの参考にしてもらうこと。もう1つは、エンジニアが技術を用いて異業種にどのようなインパクトを与えられるか、その実例を示すことである。
安野氏のキャリアは非常にユニークだ。東京大学工学部に入学し、松尾豊研究室で国会の議事録データをスクレイピングし、TF-IDFなどの手法を用いて議員の発言トピックを可視化するプロジェクトを行っていたという。当時を振り返り、「10年後に自分が国会議員になるとはあんまり思っていませんでしたが、意外なところで繋がるものだ」と語る。
卒業後は、ソフトウェアエンジニアとして、特に自然言語処理の分野に従事したのち、チャットボットをメインに開発する株式会社BEDORE(現PKSHA Communication)や、リーガルテック企業を創業。当時のAI技術は現在ほど万能ではなかったが、コールセンターなどの特定のドメインに特化させることや、AIが回答できる質問と人間が対応すべき質問を分類するモデルを組み合わせることで、実用的なビジネスバリューを生み出してきた。さらに、SF作家としてデビュー作『サーキット・スイッチャー』や、AIビジネス小説『松岡まどか、起業します』を執筆。そして現在は、国政政党「チームみらい」の党首として活動している。
一見バラバラに見えるこれら4つの職業だが、安野氏はこれらを「同じ筋肉を使い続けている」と表現する。「テクノロジーを通じて未来がどうなるのかを妄想し、アウトプットする」という行為において、アウトプットされたものがコードであるか、ビジネスであるか、小説であるか、あるいは政策であるかというパッケージの違いに過ぎないのだ。技術が社会を高速に変える現代において、技術の使い道を考え、実装することは、エンジニアリングの延長線上にある営みなのである。
この思想を体現したのが、2024年7月の東京都知事選挙だ。当時、一般知名度がほぼ皆無であった安野氏は、無名のエンジニアとして出馬し、結果として約15万票を獲得した。これは当選ラインには及ばないものの、過去22回の都知事選において、30代かつ議員経験・政党支援なしの候補としては歴代最多の得票数であった。なぜこれほどの支持を集められたのか。安野氏はその要因について「生成AIなどのテクノロジーを使って双方向の選挙をやったから」だという。
従来の政治活動は、マイクやテレビ、インターネットを用いて1人の声を多数へ届ける「ブロードキャスト」をいかに効率化するかが主眼であった。しかし安野氏は、LLMの登場により、大量の情報を集約して理解することが可能になった現状を踏まえ、発信だけでなく受信を劇的に進化させる「ブロードリスニング」という概念を打ち出した。既存の選挙戦術をデジタル化するのではなく、AIという新技術を前提に、有権者とのコミュニケーションそのものを再定義したのである。
ここから安野氏は、自身が実践した「ブロードリスニング」と、それを支える具体的な技術スタックの解説を解説した。
