実装が速くなった先にある「レビュー」というボトルネック
AIによって実装が高速化した結果、ボトルネックは下流工程にシフトライトしている。コードレビューだけでなく、設計やリリースに関する判断を誰がどう担保するかが新たな課題として浮上した。岩瀬氏は責任を「実行責任」と「説明責任」の2つに分解する。
AIは実行責任——タスクを遂行すること——には長けている。しかし説明責任は果たせない。レビューの場で「ChatGPTがこう言っていたから大丈夫です」という説明は通用しない。結局、人の専門性による判断が依然として不可欠であり、ここへの投資を怠ってはならないと岩瀬氏は断言する。
採用と育成——「人の地力」が大企業のAI競争力を決める
採用・育成の観点でも変化が起きている。CNBCの報道によれば2025年卒の学生は過去10年で最も厳しい就職市場に直面しており、今年の人員削減件数は前年比65%増の110万件に上る。テクノロジーと金融の仕事は生成AIによる人間の分析スキルの代替が進むため特にリスクが高い。一方で6年以上の経験を持つ中堅エンジニアの需要は上昇しており、判断や専門性が求められる領域の価値は高まり続けている。
多くの企業がAIをジュニア開発者の代替と見て新卒採用を減らす中、GitHubは逆の判断をしている。GitHubのCEOは「新しいアイデア(生成AIを含む)に心を開いている若者を採用しないなら、君の会社は現状に取り残されるリスクを負う。若者たちはチームのダイナミクスを大幅に高めてくれることがよくある」と語っている。「採用を減らす企業は本末転倒」——岩瀬氏はこの考え方に共鳴しつつ、『心理学的経営』(大沢武志著)の「一に採用、二に人事異動、三に教育、四に集団活動、五にイベント——共通するのはカオスの演出」という言葉も紹介した。採用とは組織に変化をもたらす最も直接的なレバーである。
育成についても、人が育ちやすい環境を整備する重要性は変わらない。NTTドコモビジネスでは、和田卓人氏が主導するソフトウェアエンジニア育成研修を実施している。データモデリング・Infrastructure as Code・ソフトウェアテスト技法・アプリケーションアーキテクチャを約3カ月かけて習得するプログラムで、毎週1.5時間の研修と議論を重ねながら実際のシステムを実装していく。
勉強のしやすさそのものも確実に変わった。以前は難解な書籍があれば誰かに相談するか独力で時間をかけて理解するしかなかったが、今やNotebookLMなどで音声として概要を把握し、わからなければ生成AIに質問するという新たな入り口が加わっている。「こういう環境へのアクセス容易性が大事」「さっと社内に学習環境を用意できるか」——育成においてもコンテキストエンジニアリングと同じく、環境整備がAI活用の前提条件になりつつある。
「地力×アジリティ」が大企業エンジニアの武器になる
「AIは増幅器であり、地力が強くないと増幅してくれない。専門性は依然として重要だ」——岩瀬氏のメッセージは一貫していた。「技術革新が激しいから待てばいい」という姿勢こそが最も危険であり、変化に追従して試行錯誤を積み重ねるアジリティこそが武器になる。
技術・組織・人の三軸で地力を育てながらAIを使いこなすこと——それが、大企業エンジニアが生成AI時代に価値を発揮し続けるための条件として、定量データと実践知の両面から示された。
