ソフトウェアソリューション部 紀平拓男氏

PCの世界でのWebの歴史はモバイルでも繰り返す
「モバイルHTML5の最先端を走っているのは日本。この分野はこれまでのように先行者に倣うことなく、自分たちでモバイルWebアプリの未来を作っていけるんだ」
DeNAの紀平拓男氏は、HTML5によるFlash Player「ExGame」の開発者。現在はHTML5の専門家として国内はもちろん、海外の最先端プレーヤーと情報交換するなど、積極的に活動している。
紀平氏はモバイルWebの話に先立ち、パソコン世界においてWebがどう進化してきたのかについて話を始めた。
「最初のターニングポイントは、Windows 95の発売だった。このときに初めてOSの中にインターネットへの接続機能が標準装備されたからだ」と紀平氏。この当時は「コンピュータを使う=アプリを使う」という時代。インターネットも主にアプリを手に入れるために使われていた。ただしインターネット接続はISDN(64kbps)というナローバンドだった。
「当然、開発環境もアプリ一色。インターネットを使うサービスはごく一部しかなかった」と紀平氏は振り返る。
「そんなアプリ一色の時代から、徐々に変わってきたのが2001年」だと紀平氏は続ける。Yahoo! BBなどのADSLが登場したことで、インターネット環境は激変。ブロードバンド元年とも呼ばれている。ブラウザの開発も盛んに行われ、2001年にはInternet Explorer 6(IE6)、2002年にはOpera、03年にはSafari、04年にはFirefoxが登場。一般家庭でもインターネットを活用する機運が高まってきた。
「私がJavaScriptに目覚めたのも2001年である」と紀平氏。
開発環境もアプリ一色から脱し、Web系の開発環境が増加、充実してきたという。「当時、注目を集めていたのはJava系の新技術。PHPのメジャーバージョンであるPHP4がリリースされたのもこの頃(2000年)だ」と紀平氏は語る。時を同じくして、AmazonやブログなどのWebサービスが台頭してきた。またインターネットへの常時接続が主流となったことで、Webサービスもページ遷移(Request-response)型が登場した。
「2004年に大きな変化が訪れた。それはリッチ・インターネット・アプリケーションの登場である」と紀平氏。AJAXアプリの台頭により、GmailやGoogle Maps、YouTubeなどネイティブアプリと比べても遜色のないUIを持つWebサービスが登場したのだ。これらのWebサービスのすばらしい点はそれだけではない。標準準拠でクロスブラウザを実現していたことだ。
この頃にはインターネット回線はさらに品質が向上し、FTTH100Mbpsなどのサービスも登場。さらにはFacebookやTwitterなど新たなリッチWebサービス企業も登場する。
そんな状況下で、高い注目を集めるようになったのがJavaScriptである。
それまでJavaScriptというと、ホームページの装飾的なものを作成するために使われるのが一般的だった。しかしGoogleがJavaScriptはもっとすばらしいアプリケーションを書ける言語だと証明したことで、prototypes.jsやGWT、jQueryなど、さまざまなJavaScriptのフレームワークが登場した。
そして次のターニングポイントとなったのが、2008年のiPhone発売(米国では2007年発売だが)をきっかけとしたスマートフォンの登場である。そして2008年以降、スマートフォンの時代となっている。
「長々とWebの歴史を振り返ったのにはわけがある。それはモバイルWebにおいてもこれと同じ歴史を繰り返すと思ったからだ」と紀平氏は説明し、本論であるモバイルWebの現在へと話は移った。
Webならではの可能性を追求することでアプリに勝つ
「現在、モバイルWebの世界で最もホットな話題が、Flash Playerの攻防だ」と紀平氏。故スティーブ・ジョブスのかつての発言「HTML5があればFlashはいらない」がその発端でもある。
しかし日本ではまだフィーチャーフォンが主流で、そのコンテンツのほとんどはFlash Liteで作られていた。とはいえスマートフォンの割合が増えることは、当時からもはや確定事項だったと紀平氏は言う。「このままでは、既存のコンテンツがスマートフォン上では動かなくなる」──そのような危惧を抱いたことから、紀平氏が開発したのが「ExGame」である。
「この技術を開発したことで、業界としてモバイルHTML5にきれいに移行できるようになった」と紀平氏は言い切る。
しかしながら2012年夏、大きな出来事があった。「マーク・ザッカーバーグが『HTML5に賭け過ぎたことは、一番大きな失敗だ』という発言をしたこと。これは事実上、Facebookの脱HTML5宣言とも言える。これにより、米国ではHTML5離れが進んでいる」と紀平氏は説明する。その一方、日本での認識は違う。紀平氏を含め、HTML5に取り組んでいる人たちは、必ずHTML5の世界がくることを信じており、「一番のライバルが最先端から降りてくれたので、むしろ嬉しい」と捉えているというのだ。
Facebookをはじめ、HTML5離れを起こすのには理由がある。それは速度や音楽、3Dに課題があるからだ。そしてもう一つが互換性の問題である。「iPhoneは問題ないが、Android端末の互換性は絶望的だ」と紀平氏は言う。その理由はベンチマークで有利になるよう、各社がブラウザのソースコードを書き換えてカスタマイズしていること。つまり「端末ごとのブラウザが誕生している」(紀平氏)状態だからだ。非常にリッチなインターフェースを用意しているCSS3はまったく使い物にならない。「メジャーな端末に対応するだけでも不可能なほどの工数が発生する」と紀平氏。DeNAが採用しているCanvasでも、問題が多数発生するという。
どんな問題が発生するのか。紀平氏はその極端な例として、紀平氏にきたツイートを紹介した。それが「Androidを温めると表示が乱れる」という笑い話のようなバグの報告である。このようにとんでもないことが、開発現場では起こっているのだ。
そのような技術的な課題は山積しているものの、マーケット的にはどうなのか。国内におけるソーシャルゲームは年間3900億円規模で、それだけモバイルHTML5には可能性があるというわけだ。
そこでDeNAでは、誰もがモバイルHTML5を扱えるよう、ExGameなどミドルウェア展開に注力している。また、日本ではオープンソースによる貢献も活発だという。Arctic.jsやJSXなどはその代表例である。「このようにモバイルHTML5では、日本のほうが米国よりも先端を走っている」と紀平氏は自信をもつ。
では、今後モバイルHTML5はどう進んでいくのか。私見ではあるがと前置きし、紀平氏は次のように語った。
「PCの世界同様、モバイルWebにおいてもリッチアプリが出てくると思う。つまりGmailやGoogle Mapsのように、アプリと変わらないUIを持つWebアプリが登場してくるのは間違いない。そのような未来を見越し、私たちは研究開発に取り組んでいる」
Rage of BahamutやMarvel War of Heroes、Blood Brothersは、米Google Playゲームランキングで常に上位に位置する同社のゲームだ。前2つのゲームはアプリで提供しているが、中身はHTML5で記述されているという。一方Blood BrothersはngCoreを使って開発されたもの。ngCoreとはJavaScriptで記述すればiOS、Android双方のOSで動作するゲーム開発エンジンである。
「さらに私たちは、これらの技術を用いてHTML5でも動かせるように研究開発に取り組んでいる。すでにここまでできている」
そう語り紀平氏は、Blood Brothersのデモを実施した。最初にアプリでの動作、次にモバイルSafari上のBlood Brothersの動作を見せた。「アプリとほとんど変わらない動作」と紀平氏が言うように、その動きは本当に滑らかだった。
「将来的にはアプリとほぼ変わらないようなWebアプリが出てくるのは間違いない。しかし、どれだけ頑張って近づけようとしても、速度だけはアプリに絶対、敵わない。Webアプリのメリットはインストールが不要なこと。そういうWebならではの可能性を突き詰めていくことが大事」(紀平氏)
URL一つで同じ情報を簡単に共有できるというのも、Webならではの特徴だ。例えばゲームの進捗や状況を友人たちに知らせたいと思っても、アプリだとスクリーンショットを撮り、FacebookやTwitterに貼り付けて情報を流すことしかできない。しかしスクリーンショットはスルーされてしまうのがオチである。一方、ゲームがモバイルHTML5で作成されていれば、URLを指定するだけで情報の共有が可能になる。それを見て面白いと思えば、すぐゲームを始めることもできる。「スクリーンショットよりも数倍大きい口コミの効果になる」と紀平氏。
そして最後に紀平氏は、近い将来、JavaScriptがなくなる日が来るのではという。その要因の一つとして挙げたのが、Googleが掲げるネイティブクライアント構想『Google Native Client(Google NaCl)』である。ネイティブコードに書き直すなどの問題が生じ、工数が爆発的に増えるからだ。
またオープンソースのJSXも、JavaScriptに取って代わる可能性があるという。JSXはどのブラウザでもベストのパフォーマンスを出せるように設計されているからだ。
「当たり前だと思っていることを、考え直す。その先に新しいことが見える」
こう語り、紀平氏のセッションは終了した。