2. コヒーレントイジングマシンの開発(2)
第2期:コヒーレントイジングマシン(CIM)の基本原理
CIMは、論文[3]により提案されており、上記のスレーブレーザーの代わりに非線形光学結晶を用いた縮退光パラメトリック発振(Degenerate Optical Parametric Oscillator:DOPO)と呼ばれる現象を利用します。DOPOは、量子光学と呼ばれる量子力学でレーザーなどの光のふるまいについて記述する分野でよく用いられる現象です。これについて簡単に説明しましょう。
DOPOでは、非線形光学結晶と呼ばれる特殊な結晶に、ポンプ光と呼ばれるレーザー光を入射します。すると、結晶のなかで非線形な現象が起こり、結果として2つの光が出射されます。この2つの光は周波数がポンプ光(周波数2ω)の半分(周波数ω)で偏光方向が同じになっており、シグナル光、アイドラ光と呼ばれます。この2つの光が出てきている状態は、量子力学的な「スクイーズド状態」と呼ばれる状態になっており、量子ビットとして用いることができます。
注入同期レーザー型と同様に、ポンプ光のパワーを上げていきます。すると、ポンプ光が弱い時には、DOPOで発生する光が「真空スクイーズド状態」になっていますが、ポンプ光がある閾値以上強くなると、「コヒーレントスクイーズド状態」に変化します。これは、急に別の状態に変化する量子相転移現象です。水から氷になる「相転移」と似たようなことをDOPOで起こすのです。
すると、最初の「真空スクイーズド状態」では光の位相が定義できないような状態であったのに対して、「コヒーレントスクイーズド状態」では位相が定義できる状態となり、この位相をスピンの±1とすることで計算を行うことができます。
上の右図では、発振閾値以下では原点0付近にもやもやした“真空”がいるのに対して、発振閾値以上では光の状態が2つの状態(位相0とπの状態)に分かれていることを表しています。この位相0とπの光の状態を使って、D-Waveのような最適化問題が解けることを示したのが、CIMの提案です。
第2期:光ファイバー遅延線型CIM
さて、上記のCIMのコンセプトが発展して(論文[4][5][8][9][11])、光ファイバーで大規模に実現されたのが論文[12]です。この論文では、10,000個の非常に大規模なスピンを量子ビットとして使用することに成功しています。つまり特殊な問題に対してではありますが、10,000量子ビットの計算が実現されたのです。この原理について説明しましょう。
上の図は、光ファイバーで実現されたCIMの構成を表しています。レーザーから出射された光パルスを1kmもある光ファイバーループ内でぐるぐる回し、この回っているパルス一つ一つをイジングモデルのスピン、つまり量子ビットに対応させます。DOPOのための非線形光学結晶(実際には非線形ファイバー)が途中にあり、これにより上記の量子相転移を起こします。そして、スピン同志の結合を、光遅延線を用いて実装しています。ここがポイントです。
光遅延線は、回っているスピンの一部を取り出し、時間遅れと変調を与えて元のループに戻すことにより、パルス同志をぶつけることができます。これにより、スピン同志の結合を実現しているのです。論文では、光遅延線を1つだけ作り、隣同志のスピンをぶつけることに成功しています。つまり、隣接スピン同志が結合している一次元のイジングモデルを解くことに対応します。
以上のように、一次元のイジングモデルという特殊な問題ではありますが、10,000スピンの計算を実際に行うことに成功し、本手法の実現性が示されました。この手法の課題は、任意の結合を作るためには、光遅延線の本数を増やす必要があるということです。Nスピンの全結合を作るためには、N本の遅延線が必要です。Nの2乗の結合が必要だった最初の注入同期レーザー型に比べると実現難易度は低いですが、それでも数千本の遅延線の精密な制御は非現実的です。そこで、提案されたのが、測定型CIMです。
第3期:光ファイバー測定型CIM
この方式が、現在の最終形態であり、論文[6]にて提案され、論文[13][14]にて実現されています。上記の光遅延線の本数が膨大になる困難を「測定フィードバック」を利用することで回避しています。これについて説明しましょう。
基本構成は、遅延線型と同様ですが、遅延線の代わりに測定器がついています。これにより、光ファイバーループをぐるぐる回る光パルスの一部を取り出してその状態を測定します。そして、測定結果をFPGA(field-programmable gate array)と呼ばれる高速な電子回路に入力して、イジングモデルにおける相互作用Jijを高速に計算します。そして、計算結果を素早く変調器に送ります。この変調器は、ループの外部からきたフィードバックパルスの状態を変調し、変調された光パルスがループ内を回るパルスとぶつかり、スピンの相互作用が実現されます。これにより、任意のスピン同志の結合を、測定器とFPGA一組で実現でき、光遅延線の問題を解決することができます。
この方式が2016年に完成し、2つの論文[13][14]によって実験結果が報告されました。この2つの論文でCIMの実力を知ることができます。これについて説明しましょう。
