上手い下手ではなくて、やるかやらないかだけ
「まだ、終わってないのですか」
ファシリテーターを務める藤沢さんが、ホワイトボードのペンを止めて、こちらを見た。私の胸の鼓動が一気に高まった。このチームに来て2回目のスクラムイベント。私も早速、小さなタスクにサインアップして、仕事を始めている。このチームが手がけるプロダクトの、小さなデザイン変更だった。
小さなというのはみんなの認識だし、私もそう思っていた。でも、実際には既存のCSSを読み解くのにとてつもなく時間がかかっていた上に、今度はどう直すべきか思い悩んでいて、一向に終わる気が自分でもしていなかった。
先週と変わらない状況に、リーダーの鎌倉さんより藤沢さんの方がしびれを切らしたようだった。藤沢さんが追撃しようと声をあげようとしたときに、片瀬さんが割って入った。
「いいよ、藤沢。俺がやっておくよ」
私を含めたチーム全員が片瀬さんの方を見た。そんなに見られるとは思っていなかったらしい。片瀬さんは逆にびくっとして、「なんすか」と小さく声をあげて、チームの面々を見返した。藤沢さんは、「後輩思いなんですね」と返して、進行を続けた。
片瀬さんは、このチームではインフラを担当している。私のOJTをしていたときは、サーバーサイドのプログラマーだったのだけど、このチームにはとてつもなくできるプログラマーが既に何人もいたので、自分から手薄になっていた役割を買って出たらしい。何にも物おじしない片瀬さんらしいふるまいだと思う。
自分の仕事とは全く関係ない、デザインワークを拾ってくれて、私は申し訳ない気持ちでいっぱいになった。うつむいて、誰の顔も見られない。そんな私を置いて、ミーティングは淡々と確実に進んでいった。
「…というわけで、他部署から依頼が来ているプログラミング研修についてですが、誰かサインアップできる人いますかね」
「本当は受けたくないんだが、いろいろと風当たりもあってね」
こういう依頼も無碍(むげ)には断れないと、鎌倉さんは平然とした様子で補足した。確かにこのチームへの風当たりは外にいてもはっきりと気づくくらいだった。それはそうだろう。そもそも専用のプロジェクトルームが充てがわれるなんて、この会社では異例のことだ。全員リモートワークで会社に来ない、といった日を設けているのもこのチームくらいだった。そんな特別な様子が、フェアじゃないと思う人は少なくない。
(…プログラミング研修か)
これなら私でもできるかもしれない。いや、私ももちろん大したことができるわけではないが、入社1、2年目へフォローアップする内容のものらしい。それだけに、このチームにとってはイージーすぎるオーダーで、いまいち誰もこのタスクを取ろうとする雰囲気にならない。
だからこそ、私が手を挙げるべきだ。御涼さんも「チャンスだよ」という顔でこっちを見ている。私が手を挙げようとしたその瞬間、別の手が先に挙がった。
「じゃあ、俺やりますよ」
また、片瀬さんだった。私は急いで挙げかけた手を引っ込めた。御涼さんは額に手をやって少し残念そうにしたが、他の人たちはこの様子にも慣れているのだろう、ぱちぱちと思いのこもっていない拍手をして、歓迎していた。
ミーティングが終わり、私は片瀬さんに近づいた。片瀬さんは「何?」と言いつつ、自分のPCから目を離そうとしない。このチームでの片瀬さんは、OJTの頃に比べるとずいぶんドライな感じだった。おそらく、OJTのようになってしまうのを避けて、あえて距離を置いているのだろう。
「片瀬さんは、なんで、そんな簡単に、やりましょうって言えちゃうんですか」
このチームのメンバーはそれぞれ、外のチームに比べると桁外れに多いタスクを抱えている。しかもそれをほとんど苦もなくこなしている。片瀬さんはこのチームの中でも一番タスクを抱えている人だった。
どうやってタスクをこなしているのだろう? またそれ以上に、なぜそんなに頑張っているのか、聞いてみたかった。自分にはとてもまねできないことだった。
私の問いかけに、ようやく手を止めて、メガネを取り、目頭をつまんだ。そして、大きくあくびをしながら私を見た。
「自分がやれることだから」
自分がやれることだから、やる。何それ、どれだけストイックなのよ。私がぼう然と立っていたからだろう、さすがに見かねて言葉を続けた。
「このチームには、すごい人たちが集まっている。そんな中で、自分がいる意義というのを考えてみたら、おのずと動き方は決まってくるというか」
片瀬さんは私の目を見た。このチームに来て、初めて見てくれた気がした。
「『自分は何者なのか?』と、自分に問いかけたら、どんな回答ができるか?」
その答えが、片瀬さんの場合は「他のメンバーがやれなくて、自分がやれることは全部やる」ということなのだという。私がやりきれなかった仕事は、私がやれないとなると他のメンバーがやらないといけなくなる。だけど、やりがたる人はいないこともわかっている。だから、自分が引き受けるのだという。
「上手下手じゃないんだ。やるか、やらないかだけ。やったら、やった分だけ、自分の身になる。それが、自分から手を挙げた人だけが得られる報酬なんだ」
私は、だんだんまた喉の奥が詰まるような感覚を覚えた。もう一度、ここで、私がやれるだけのことをやるとこから始めよう。
私の決意を見すかしているのだろう、片瀬さんは次に何をやるべきなのか、先回りして言った。
「もちろん、そのためには『ふりかえり』が必要だ。やりっぱなしではだめ。やったことが何だったのか、学び直す方法を知っておこう」
解説:「ふりかえり」

今回の解説は私、片瀬が担当します。
前のめりになるのはチームの助けになります。自分がやれることは積極的に引き受けていくと良いですね。でも、「やりっぱなし」で終わらせてはダメです。やりっぱなしだと一過性に終わってしまい、個人にとってもチームにとっても、スキルになりにくいですからね。ムダも多くなりますし。なので、ふりかえりを実施して習慣化させて、気づきと学びの積み重ねで成長につなげていくことが大事です。自分の成長がうれしかったりもするんですよね。

どんなときに効果的?

チームの状況やフェーズにもよりますが、こんなときにふりかえりを実践すると良いんじゃんないかな。
ふりかえりが必要な状況
- ヌケモレや手戻りが多発していて、モヤモヤしている
- 作業が形骸化していて、本来の目的を忘れている
- とにかく課題が山積で忙しく、問題が放置されっぱなし
- 問題だとわかっていても提案しづらい
- 閉塞感が蔓延していて一体感がなく、チームで業務をこなせていない

なぜやるの?

ふりかえりをやる目的や理由が明確になっていた方がチーム力向上につながるでしょう。以下の目的を意識して実施しましょう。
1.プロセスカイゼン
穴の空いたバケツで水を運んでいては、いつまで経っても水を溜めることはできませんよね。結果が出るまでムダが多すぎます。まずはヌケモレと手戻りを削減させるために作業の工程を見直してみましょう。
場所・時間・作業順番、役割など、いたるところにムラやムダが見当たるはずです。より楽に結果を出すために、プロセス全体を俯瞰して全体最適を目指しましょう。
2.目的・目標を正す
作業や手段に集中しすぎてしまうと、そもそもの目的を見失いがちです。目的に合った手段を採っているか? または、目的や目標の方向修正が必要か? など、ここまで得られた経験値をもとに未来を予測しながら向き直りましょう。
3. 止まって刀を研ぐ
カイゼンを実施するには、止まって考える必要があります。業務を実施しながら、同時に客観的に物事を俯瞰して見られる人はまれです。また、ムダを減らすためには、仕事のムリ(過負荷)や、手戻りを発生させてしまうムラを発見しなければなりません。これらのムリやムラはスキル不足や知識不足から発生もします。
いったん止まって考え、作業効率を上げる手段や技術習得を身に着けましょう。
4.問題の見える化から、気づきと共感で自律的なチームに
ふりかえりの中で問題を共有していきましょう。他のメンバーも同じようにモヤモヤと思っていたことかもしれません。もしくは認識の違いからきたものかもしれません。認識合わせをできれば事故を未然に防げるかもしれません。また、問題の事象だけに焦点をあてるのではなく、この時間を使って根本の原因を考えてみると良いでしょう。応急処置ではなく根本から見直せば、目の前の業務に限らず他の業務の効率も上がる可能性があります。
そして、問題を共有し共感できるように、付箋紙などを用いて書き出す表出化をしましょう。優先順位で整理して、その解決のためにチームで問題に対峙して、個人だけでなくチームで成長していきましょう。また、問題に対してリーダーからアサインするのではなく、おのおのがサインアップして自律的に行動できるチームを目指しましょう。気づき自体を学びとして捉えるのです。
5.場を作り、カイゼンを習慣にする
ふりかえりは、定期的に開催し、そこにくれば何かが上手くいきそうだと思える場でありたいですね。個人で倒しづらい問題でも、「仲間とならできるかもしれない」と思える秘密基地を作っていくのです。秘密基地とは、子どもの頃、森や空き地に作った仲間だけの場のイメージですね。遊びを考えたり、漫画を持ち寄ったり、行っただけでワクワクしてしまう感じです。会議室の閉塞感とは全く異なる雰囲気を作りだせると良いですね。
また、一過性よりも継続的に課題解決できるように習慣化させた方が、長期的に見て大きな力となります。小さなカイゼン案を常に見つけられるようにもなり、誰も手を付けたがらない大きな問題に発展する前の、小さなうちに問題を解決できるスキルが身につくのです。習慣化できれば、徐々に大きな問題に対しても対処できるスキルが身についていくでしょう。そんな場になるようにふりかえりを活用していくと良いのではないでしょうか。

