- 書籍:『カイゼン・ジャーニー たった1人からはじめて、「越境」するチームをつくるまで』
- 前回のお話はこちら:第7回 プロダクトの方向性が見えなくなったら?~「インセプションデッキ」で開発の"核"を見つけよう
このお話の舞台は、飲食店の予約サービスを提供するIT企業のプロジェクトチーム。ツワモノぞろいのチームに参加した新人デザイナーのちひろは、変わり者のメンバーたちに圧倒されながらも日々奮闘しています。第8回となる今回のテーマは「バリューストリームマッピング」です。
登場人物
和田塚(わだづか)ちひろ
この物語の主人公。新卒入社3年目のデザイナー。わけあって変わり者だらけの開発チームに参加することに。自分に自信がなく、周りに振り回されがち。
御涼(ごりょう)
物静かなプログラマー。チームではいろんなことに気を回すお母さんのような存在。今後もちひろをよく見て助けてくれる。
鎌倉
業界でも有名な凄腕のプレイングマネージャー。冷静で、リアリストの独立志向。ちひろにも冷たく当たるが…
藤沢
チームのリードプログラマー。頭の回転が速く、リーダーの意向を上手くくみ取って、チームのファシリテートにもつとめる。
境川(さかいがわ)
彼の声を聞いた人は数少ない。実は社内随一の凄腕プログラマー。自分の中で妄想を育てていて、ときおりにじみ出させては周りをあわてさせる。
片瀬
インフラエンジニア(元々はサーバーサイドのプログラマー)。他人への関心が薄いケセラセラ。ちひろのOJTを担当していた。
停滞するプロセスの原因は?
「最近、チームのベロシティが落ちているな。何か起きてる?」
鎌倉さんの発言に、場の緊張感が一気に高まった気がした。実は、スプリントレビューの場に鎌倉さんが参加するのはめずらしくなっていて、ただでさえ久しぶりの参加でちょっと皆緊張気味なところだったのだ。そこに思いもよらない指摘が上がって、皆の顔つきが変わることになった。
「確かに、最近デプロイできている機能が減っていますよね。それに、私スプリントで手持ち無沙汰になることもありますし」
「あ、いや、そうですね。そんな気がしますね」
藤沢さんが余計なことをペラペラ言うなと目配せしているような気がしたが、私は気がつかないふりをした。このチームは、鎌倉さんを必要以上に恐れていると思う。だから、鎌倉さんに意見を言う人も出てこない。そもそも、プロダクトオーナー的な人がスプリントレビューに来ないってどういうことなのさ。
「手持ち無沙汰って、どういうこと?」
「うん、と、開発着手できるプロダクトバックログがちょっと足りなかったんですよね」
「なんで?」
始まった、鎌倉さんの質問攻め。だんだんと質問は短くなっていって、最終的には「で?」の1文字にまでなる。私たちのロジックが足りないと、加速度的に質問は速く鋭くなっていく。
「ええと、この数スプリントで言うと、ドキュメントのリアルタイム同期の仕組みを作りかえようとしていて。その方式選定と設計に結構時間がかかって、しばらくの間その分のプロダクトバックログが作れていなかったからですね」
「だったら、他にやること山ほどなかった?」
確かに、その他の技術的負債の返済とか、ユーザービリティの改善とか、やることは結構見えている。だけど、その多くがプロダクトバックログにまで落とし込めていないのだ。でも、それって、プロダクトオーナーの鎌倉さんが何もしてないから進みが遅いという要因もあると思うのだけど……。
私の言いたげな感じが表情にまで出ていたのかもしれない。鎌倉さんがそれを察知してこちらをじっと見ていることに気がつき、あわてて私は目をそらした。
「……まだ、しっかり原因の分析ができていないですよね」
鎌倉さんが私への質問攻めを始めないように、片瀬さんが割って入ってくれた。
「だったら?」
(「やることは決まっているだろう」ですよね……)
皆が頭に描いたことが私も分かる。これは、あのマップを描くタイミングなのだ。これまでに既に2回ほど描いたことがある。
「さっそく始めましょう、バリューマッピングを!」
「そうだね……和田塚さん。『バリューストリームマッピング』をね!」