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このお話の舞台は、飲食店の予約サービスを提供するIT企業のプロジェクトチーム。ツワモノぞろいのチームに参加した新人デザイナーのちひろは、変わり者のメンバーたちに圧倒されながらも日々奮闘しています。第7回となる今回のテーマは「インセプションデッキ」です。
登場人物

和田塚(わだづか)ちひろ
この物語の主人公。新卒入社3年目のデザイナー。わけあって変わり者だらけの開発チームに参加することに。自分に自信がなく、周りに振り回されがち。

御涼(ごりょう)
物静かなプログラマー。チームではいろんなことに気を回すお母さんのような存在。今後もちひろをよく見て助けてくれる。
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鎌倉
業界でも有名な凄腕のプレイングマネージャー。冷静で、リアリストの独立志向。ちひろにも冷たく当たるが…

藤沢
チームのリードプログラマー。頭の回転が速く、リーダーの意向を上手くくみ取って、チームのファシリテートにもつとめる。

境川(さかいがわ)
彼の声を聞いた人は数少ない。実は社内随一の凄腕プログラマー。自分の中で妄想を育てていて、ときおりにじみ出させては周りをあわてさせる。

片瀬
インフラエンジニア(元々はサーバーサイドのプログラマー)。他人への関心が薄いケセラセラ。ちひろのOJTを担当していた。
見えないプロダクトの核心
「どうも最近、鎌倉さんからのフィードバックの量が多いですね。」
スプリントレビューの後片付けをしながら、ぽつりと御涼さんはつぶやいた。
「確かに」
藤沢さんもホワイトボードを消す手を止めて、同意した。
私たちのチームがつくっているツールは新規プロダクトで、要はチャットツールなのだけれど、ネットワーク上でドキュメントを共有し、そのドキュメントイメージの上にレビューコメントを直接残し、履歴管理もできるという機能が評価されており、特に開発現場で利用される場合が多い。そういう意味で、私たちもこのツールのユーザーであり、ドッグフーディングに余念はなく、プロダクトとしての方向性については理解しているつもりなのだけど……。
「機能のふるまいとしては合っていると思うのだけど、なんか鎌倉さんの見ている観点が違うというか」
「……ミーティングにただ参加しているだけと思ったら、結構鋭いですね、片瀬さん」
例えば、今回のレビューであがったのは、ドキュメントの共有時の権限設定を細分化していくという機能について、ゲストの存在が指摘された。普段このツールを使っていない(アカウントを持っていない)人にも一時的に共有できるような設計が欠落しているという内容だった。
機能要求レベルでごっそり、やるべきことが抜けている感じだ。そんなときの鎌倉さんは淡々としているものの、とてつもなく圧を感じる。
「でも、個別のフィードバックはしてくれるけど、何か核心については話してない気がするんだよね」
御涼さんの勘には、皆同意なのだけど、誰もそのもやもやの正体が分からない。
唐突に、藤沢さんが両手をあわせて、パチンと鳴らした。
「インセプションデッキを見直しましょうか」
「それは良いアイデア」
(インセプションデッキ、そういえば私見ていない気がする……)
「善は急げ、今からやりましょう」
「でも、鎌倉さん帰っちゃってる」
「……一旦ぼくらだけで眺めて、何か変わっているのではないか気づけないか、見てみません?」
御涼さん、片瀬さんが親指を立てて、賛意を示す。
(なんか、仲良いなあ、この人たち)
と、そこへ、トイレに行っていた境川さんも戻ってきた。御涼さんが経緯を話して、境川さんにも参加を促す。その間も、藤沢さんは境川さんに目を合わすことはない。この2人が表立って衝突することはなくなったけれど、和気あいあいになったわけでは決してない。
「……いいよ」
藤沢さんと片瀬さんは顔を見合わせた。境川さんが、こうしたイレギュラーなミーティングに参加するのはとても珍しい。
「じゃあ、はじめましょう。藤沢くん、ファシリテートよろしくね!」