個人の知識や行動が如何にして組織知へと進化するか
現在の木利氏のチームは個別具体的な指示は不要で、木利氏がデブサミで講演している間も自発的に動き、状況の変化に柔軟に対応できるようになっているそうだ。どうやってここまでたどり着いたのか。
木利氏はスクラムを紹介した野中郁次郎氏と竹内弘高氏の「知識創造企業」にある「SECIモデル」を示した。個人の知識や行動がグループの知識や行動、つまり「組織知」にどのように進化していくかを示したモデルだ。
まずは個人の暗黙知があり、経験を共有することでグループの暗黙知になる。グループの暗黙知は対話や共同思考を経て形式知になっていく。こうしてできた個別の形式知は組み合わせていくことで体系的な形式知となり、これを個々人が実践して咀嚼していくと正しい暗黙知になる。このサイクルを繰り返すことで組織は知識を蓄積し、成長していく。
このSECIモデルは開発現場にも当てはめることができる。大事なのは「相互作用する場」だと木利氏は指摘する。これがないとこのプロセスを回すことができない。「相互作用する場をつくる」ことこそがファシリテーションとなる。
いかに個人の行動と相互作用を高めていくか
リーダーとして何をすべきか。木利氏自身は、個人の行動と相互作用を高めることに注力している。個人の行動については「個人を尊重する」ことを挙げた。これまでの考え方なら、チームと個人は同じ方向を向いたほうがいいと考えられていたが、木利氏は「全員が完全に同じベクトルを持つ必要はない。個人がいろんな方向を向くことは許容する」と考えるようになったそうだ。
個人はそれぞれ何らかの専門家で、その人だけが気づいている変化があるかもしれない。個人が指摘する変化はチームの不安定化を招くかもしれないが、違うベクトルを許容することでチームが陥っている局所最適解を超える力になるかもしれないからだ。
そのためチームリーダーは自分の見識でメンバーの提案を限定することなく、「良さそう」や「やってみよう」と受けいれてみること。もしかしたら、何かしらの専門家であるメンバーのほうが正しい判断ができるかもしれないからだ。
ただし盲目的に信じていいのかというと、木利氏は明確に「ノー」と言う。個人を尊重しつつも、説明責任が伴うようにすること。そのため「なぜ必要なの?」「今やらないとダメ?」と説明を求めて、よりよい決断ができるように議論していくのが大事だ。
覚えているだろうか。かつてジェームズ・スロウィッキー著『「みんなの意見」は案外正しい』があった。ここでは、集団は極めてすぐれた知力を発揮すると指摘されていたものの、ベストな意思決定は合意や妥協から生まれるものではなく、意見の相違や異議から生まれると説かれていた。
個人間の相互作用については、適切なファシリテートをする必要がある。それは週に1回のミーティングなどではなく、形式張らずに議論できる環境をつくることだ。ここで具体的なプラクティスが知りたくなるが、木利氏は「銀の弾丸はない」と断言する。
これまで木利氏もさまざまなプラクティスを試してきたが、チームが成長するとプラクティスは陳腐化してしまうそうだ。それは選んだプラクティスが悪かったのではなく、チームが成長したら、それまでのプラクティスが通用しなくなるからだそうだ。
チームにとって重要なのは「自分の意見に対して皆がフィードバックしてくれる」という信頼関係だと木利氏は強調する。
「正しいと思う人は、肯定というフィードバックを返し、間違っていると思う人は、間違っているというフィードバックを返してくれる。それがあるからこそ、チーム各自がきちんと意見を出していける」(木利氏)
では、「自分の意見に対して皆がフィードバックしてくれる」という信頼関係を築くためにはどうすれば良いのか。それは、人間に存在する「学ぶ力」を利用するのが良いと木利氏は言う。信頼関係を構築し、フィードバックが互いにできるように変化を起こして、それを振り返る。そうすることで「自分たちは自分たちを変えることができる」、願わくば「良い方向に変化させることができる」と学び、自覚できるようになる。
一方で、「『学ぶ力』があるが故に、『何も変えられないんだ』と学ばせてはいけない(学習性無力感を身につけさせてはいけない)」ことも指摘した。
より成功するためには、チーム組成の序盤に「いいチームになったかも」と思えるような小さな成功体験を積み重ねることが大事だ。逆に「何をしても無意味だ」と思うような学習性無力感を、与えないように心がけないといけない。
あらためて木利氏は、自己組織的なチームをつくるためとして「個人は自分の意見を持ち、発信する。人の意見を聞き、考え、フィードバックする。それをしやすい雰囲気を自分たちで作り上げること。リーダーは安全な箱庭づくりに逃げるな。抑圧ではなく参加しよう」と提案した。
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