住友商事の海外工業団地ビジネスとは
住友商事は30年前から、ベトナム・インドネシア・フィリピン・バングラディシュ・ミャンマーなどの東南アジアを中心に、6か国9工業団地を展開している。そこには主に日系の製造業を営む企業が約600社、約24万人が入居しているという。
この工業団地のアセットを活かし、従来の土地販売収益やインフラ提供(道路・セキュリティなど、水道・電気、レンタル工場)だけでなく、製造DXや従業員向けデジタルプラットフォームの提供まで手を広げ、一気通貫のデジタルサービスを提供していく動きが進んでいる。ビジネスコンサルティングやシステムインテグレーション、製造業向けSaaSを提供することで、工場の生産性やQCDの向上を実現し、経営の高度化に寄与しようというものだ。
「製造業にデジタルソリューションを導入してもらう際、PoC(コンセプト検証)に多額の資金が必要になると、お客さまもなかなか手出しができなくなる。できるだけライトにクイックに効果を実感いただけるよう、製造業向けSaaSを月額数万円のサブスクリプション型で提供している。そこで効果を感じてもらえれば、大規模なシステム開発につなげていけると考えている」(坪井氏)
同社がまず着手したのは、上図の左2つである「簡易コンサルティング」と「デジタルソリューション」の提供だ。簡易コンサルティングでは、よろず相談窓口のような位置付けで、デジタルで解決すべき課題の設定やロードマップの策定などを行う。そしてデジタルソリューションでは、製造現場向けのクラウドサービスとして「設備総合効率分析テンプレート」「設備保全テンプレート」「個社別帳票ソリューション」の3つのアプリケーションを用意。
これらのアプリケーションを提供するにあたり、2022年4月~9月にかけて、ベトナムでトライアル活動を行ったという。
具体的なトライアル活動の一つ目は、製造DXデモルームの開設だ。工業団地に入居する総計86社がデモルームに来場し、IoTやAIを活用した製造業におけるDXを体験した。またトライアル活動の2つ目として、デモルームに訪れた企業のうち4社に声をかけ、プレ商用サービスという形式で、先に紹介したアプリケーションのPoCを実施。十分な有用性が認められたため、2023年度から正式な商用サービスとして提供開始予定だ。
このようなトライアル活動を技術的に支えたのがInsight Edge。「内製エンジニアを擁する強みを発揮できた」と住友商事の坪井氏は振り返る。「高速かつアジャイルに検証を進められたのは、内製エンジニアを持っていたからこそ。Insight Edgeとは日頃から二人三脚で多種多様な業種・業態のお客さまにソリューションを提供しているので、ケイパビリティもよく理解できていることもよかった」。
PoCで大切にしたい2つの勘所
続いてInsight Edgeの日下氏がエンジニア目線で、当時のPoCを振り返っていく。まずは今回構想されていたSaaSの全体像を紹介しておこう。ユーザー企業の工場では、作業員が日報を書いたり、検査結果をレポーティングしたり、設備の稼働状況のデータが出力されていたりする。これらのデータを住友商事が提供するSaaSのデータ基盤に蓄積し、可視化システムを通じてダッシュボードに表示するというものである。
それを実現するために想定したアーキテクチャが以下の図だ。電子帳票やIoTのデータ収集は既存製品を使用。データの可視化には、マルチテナント対応かつWebアプリ埋め込みの機能があるAmazon QuickSightを使用するため、クラウド基盤はAWSを採用した。ユーザー側には、これらの機能をまとめるポータルアプリを用意し、ログインやデータセット定義、マスタデータ管理などを行えるようにする。
次に、日下氏はPoCの目的として強く意識していることについて話を進めた。「PoC(コンセプト検証)という言葉はフワッとしていて、人によって解釈が異なる。そこで、PoCの目的を大きく『Proof of Value(価値検証)』と『Feasibility Study(実現性検証)』の2つに分け、両面から検証することを大切にしている。エンジニア目線だと技術的な実現性は必ず意識することになるが、ビジネス上のニーズや効果も忘れてはいけない重要な観点だ」。
その上でPoCの効果を高めるための勘所として、日下氏は次の2点を挙げた。
- 「何を検証するのか?」を明確にして、目的を絞って素早く開発すること
ビジネス価値を検証したい場合は、プロトタイピングで挙動やアウトプットさえ再現できれば、技術的手段は置き換え可能である。他方、技術的実現性を検証したい場合は、不確定な要素や経験の少ない技術にフォーカスを絞ることで、無駄なものを作らずにスピードを上げられる。
- 検証する観点ごとの重要なステークホルダーを正しく認識し、生の声を聞くこと
よくある「PoC止まり」や「導入したけれど使われない」といった失敗を防ぐために、現場が効果を実感できるプロダクトに育てられるよう、生の声を大切にする。
これらを踏まえ、今回のPoCで検証したい観点とその関連ステークホルダーを整理した例が次の図だ。
期間やリソースが限られているからこそPoCの目的を忘れずに
限られた日程と体制の中で効果的に検証を行うため、PoCで使用するシステムでは想定アーキテクチャをすべて実現するのではなく、前述の検証目的に応じたプロトタイプを作って実施した。例えば、IoT機器を使って設備から自動でデータを収集するには、IoT機器の追加・更新といったユーザー側の設備投資が必要になるため、PoCではユーザーによる手動アップロードなど他の方法で代用し、それによって可視化される情報のビジネス価値の検証に注力した。一方で、利用技術がUX(利用者体験)に直接影響する箇所については、PoCでも同じ技術を利用してユーザーのフィードバックを得ることも重要である。今回の例では、ダッシュボード機能に利用するQuickSightの表現力や操作性についてユーザーの満足度を評価したかったため、PoC向けシステムでもQuickSightを活用した。
ユーザー企業とのPoCでは各社の要望を受け、実際のプロダクトで提供予定の機能を模した簡易的なアーキテクチャをそれぞれに組んでいった。今回のPoCの実施対象になったユーザー企業は、ベトナムのタンロン工業団地に入居する日系企業4社。そのうちPoC実施時の特色の異なる3社の事例が紹介された。例えば、「現場の混乱を避けるため、PoC実施時も作業員の日報やサマリレポートの形式は大きく変えたくない」という要望があったユーザーには、現行の帳票やサマリレポートの形式はそのままに電子帳票ツールやQuickSightダッシュボードで再現し、デジタル化のUXや工数低減効果などを中心に評価してもらった。一方、すでに設備からデータを取得するシステムを持っているものの活用方法に課題を感じているユーザーには、データの見せ方の議論にフォーカスし、ダッシュボード上でどのようにデータを可視化するかを相互に提案しながら試行し、効果が出るかを評価してもらったという。
「PoCを経て、実際にプロダクト版にフィードバックした機能もある。今回紹介した2つの勘所を押さえながら、スピーディーに検証することが重要だ」(日下氏)
DX推進における内製エンジニア組織の意義と魅力
近年、事業会社にとってDX推進はビジネスの競争力を高めるための重要な要素となっている。その企画やシステム投資の判断の鍵を握るPoCにおいてビジネスゴールを共有しながら試行錯誤のサイクルをスピーディーに回すために、ビジネスの現場に近く身軽に動ける内製エンジニア組織の存在意義はより重要なものとなっている。登壇の最後に日下氏は、このセッションのハイライトとして前述したPoCの勘所を改めて強調するとともに、内製エンジニアの仕事の面白さについて触れた。
「DXの潮流によって、事業会社の内製エンジニアの仕事は面白くなってきている。SIerともWebサービス会社とも異なる魅力を知ってもらえれば」(日下氏)