中高年エンジニアの抱える「3つのリスク」
この変化が社会に及ぼす影響について、塩谷氏は「エンジニアの存在感が部分的に失われる可能性もある」と警鐘を鳴らす。エンジニアリングに関する基礎的な知識を持つ人材が多職種に幅広く分布することで、これまでエンジニアが担ってきた「技術がわかる人とわからない人の橋渡し」という価値が大きく低下するためだ。
塩谷氏はこの変化を「社会全体としては大きな進歩」と肯定的に評価しつつも、年配のエンジニアにとっては若い人に追い落とされる重大な危機になりうると示唆する。単なる技術革新への対応という問題を超えて、職業人としての存在価値そのものに関わる本質的な課題であることを浮き彫りにした。
さらに塩谷氏は、年配者が直面する課題として「流動性知能の低下」「認識の衰えとその自覚の難しさ」「コミュニケーション断絶のリスク」の3点を提起する。
「流動性知能」は推論や計算などを担う思考力で、20代前半をピークとして30〜40代で急速に低下するという。ただし、経験や学習によって獲得する「結晶性知能」は成人中期から後期を通して上昇するため、これをどう生かすかが存在感を得るためのカギになりそうだ。

認識の衰えとその自覚の難しさについては、3つの具体例を挙げる。1つ目は”ファミコン世代の親”である。これは、自分たちのゲーム経験がファミコンで止まっているために、あらゆるゲーム機を「ファミコン」と呼んでしまう親のことだ。
しばしば笑い話として引き合いに出される事例だが、塩谷氏は自らがすでに“親”世代になっていることに触れ、「もしかしたら僕らも、若い人たちにギャップを感じさせているかもしれない」と言及した。
2つ目は”演歌とジャズ”の例だ。塩谷氏は、SNSでバズっていた「Mr.Childrenは、若者にとっては演歌のようなものなんです」という投稿を例に挙げ、「演歌やジャズは好きじゃないから、まだ年を取っていないという認識は誤り。自分たちの好きなものが、知らず知らずのうちに『演歌やジャズ』になってゆくのだ」と苦笑した。
3つ目は「おじさん構文」だ。年の差によって自然と発生する権威勾配が存在する状態で、「おじさん構文」のような馴れ馴れしい文章が送られてくることは、若者にとって恐怖になることがある。なおかつ、コミュニケーションプロトコルの変化についていけていないことも危険だ、と塩谷氏は話す。
最後に、コミュニケーション断絶のリスクについては、「2029年以降は『情報I』の知識を持つ若手との能力差が顕在化する。『あの人は無能』『話が通じない』といった評価をされることで、若手からコミュニケーションを遮断される可能性がある」と危機感を募らせる。
塩谷氏はこれらの問題について、「柔軟性やひらめきではかなわない若手を相手に、認識の衰えやカルチャープロトコルの変化、権威勾配の存在を認識できないままコミュニケーションを取ってしまいかねないのは大きな課題だ」と総括する。「これを放置してしまうと、職場での実質的な孤立という深刻な問題につながる可能性がある。救いのない話だ」(塩谷氏)。