SCSKにおけるAIエージェント構想
近年、業務の複雑化やデータ量の増大に伴い、効率的な意思決定を支援するAIの活用が求められている。特に、タスクを自律的に実行し、業務を支援するAIエージェントへの関心は高まる方向にある。こうした流れの中で、SCSKは複数のAIエージェントが協調しながら業務を遂行する「SCSK-Multi AI Agent Office」構想を打ち立てた。同構想では、短期的には特定の業務課題に特化したAIエージェントの開発を進め、中長期的にはそれらを統合し、包括的なAIエージェントオフィスの構築を目指すという。
AIエージェントとは、人が設定した目標を達成するために、必要なタスクを自律的に生成し、計画的に実行するAIシステムのことだ。現在、多くのAIベースのサービスは個別のタスクを順番に実行する形を取っており、ユーザーが最初のタスクを指示し、その結果を基に次のタスクを指示するといった流れが一般的である。また多くの場合、既存のシステムを補完するチャットツールとしての役割に留まっているのが現状だ。
一方で、SCSKが目指すのは、ユーザーの指示の意図を理解し、問題解決のためのタスクを計画的に実行するAIである。これにより、専門知識が求められる業務の自動化や、迅速かつ高度な意思決定の支援が可能になると、PROACTIVE事業本部 プロダクトストラテジー部 プロダクトデザイン課 課長の桑田真吾氏。「単なるチャットボットではなく、業務サイクルを回せる業務遂行パートナーとなるAIエージェントを目指している」と述べる。

同構想の一環としてSCSKが開発したのが、「PROACTIVE AI」だ。ベースはSCSKが提供するデジタルオファリングサービス「PROACTIVE」で、32年前のERPパッケージ製品提供開始以来、6600社以上に導入され、300以上の企業グループで採用されている。このソリューションにAIエージェントの機能を組み合わせることで、より効果的なデータ分析支援を実現した。

ERPの導入目的の多くは、経営資源の効率管理を目指し、データの可視化による意思決定の支援や蓄積データの活用を通じた業務効率化である。しかし、実際の導入現場では、必要なデータを手動で探す必要がある、あるいは適切な分析方法が分からないといった課題がある。このため、単なる業務効率化だけでなく、経営目線でのデータ活用に焦点を当てた導入が進んでいる。PROACTIVE AIは、こうした課題を解決することを目標に開発されたと桑田氏は説明する。
データ分析を支援する複数のエージェント連携の仕組み
PROACTIVE AIは、複数のエージェントが連携しながら課題解決に取り組む。
ユーザーとの窓口となり、対話を担当するのは「コンサルティングエージェント」だ。ユーザーが解決したい課題や求める分析の内容をヒアリングし、「在庫を適正化したい」「売上の推移を確認したい」「残業時間を予測したい」といった具体的なデータ分析の方針を導き出すのが役割だ。その後、データの意味を判断して分析に必要なデータを収集するエージェントや、データの前処理を行って適切な分析を実施するエージェント、分析結果からレポートを生成するエージェントと連携しながらタスクを遂行。最終結果を受け取ったコンサルティングエージェントがユーザーに返すという仕組みだ。

従来の指示待ち型の生成AIツールは、ユーザーからの個別の質問に回答するものが多かった。しかし、PROACTIVE AIは、単なるデータの抽出や可視化にとどまらず、「売上データから収益拡大の施策を提案して」といった高度な経営判断の支援を実現する。ユーザーの意図を理解し、データをもとに適切な施策を導き出すことで、より迅速で精度の高い意思決定を可能にする。「従来のデータサイエンティストが担ってきた、課題の定義、データ準備、分析、結果の解釈、施策の作成、レポーティングといった業務を、AIエージェントとの対話のみで完遂することが可能となる」(桑田氏)
技術スタックの選択と生成AIならではの課題
PROACTIVE AIの開発は、エージェントAIの課題や未来を改めて考えるきっかけになったとSCSK 技術戦略本部デジタル推進部 開発第一課の稲荷平駿稀氏は述べる。

開発にはPythonを使用したほか、主要ライブラリにはLangChainとLangGraph、LLMモデルはOpenAI、エージェントの状態保存にはPostgreSQLを採用した。LangGraphは、複数ノードからなるマルチエージェントシステムを構築できるフレームワークで、ルーターがタスクの実行順序を整理し、各エージェントやノードに割り振ることで、自律的にワークフローを回すことができる。「Subgraphによる階層構造が構築できるので、各エージェントをカプセル化して分担開発しやすかったこと。また、状態管理に基づくワークフロー制御が得意なので、データサイエンティストのデータ分析計画や実行プロセスを順序だてて適切に制御するといった我々のニーズにぴったりはまった」とLangGraph採用の理由を稲荷平氏は説明する。

開発を進める中で、稲荷平氏はいくつかの課題に直面したという。
1つは、SQLクエリの生成だ。PROACTIVE AIは、ユーザーから受けた相談をもとに必要なデータを定義し、適切なデータを取得するためのクエリを生成。PROACTIVEと連携するデータベースから情報を取得する。しかし、正しくデータを取得するためのクエリを書くには、データベース内のどのテーブルやカラムに必要なデータが格納されているかをAIに理解させる必要がある。問題は、これらのテーブル名が人間にとっては分かりやすくても、AIがそれを適切に解釈できるとは限らない点だ。「AIにも理解しやすいように、各テーブルにどのようなデータが含まれているかを示すメタ情報を付加する必要があった」(稲荷平氏)

また、すべての生成AIで該当する話だが、目的や必要なデータが明確でないと適切なクエリを生成できないことも分かった。これについては、ユーザーの初期入力をそのまま処理するのではなく、対話しながら目的や必要なデータ、集計の観点を明確化するフローを組み入れて対処したという。
2つめは、LLMを用いたクエリ生成やデータ分析の施策設計といった高度な処理により、LLMの生成に時間がかかりすぎたり、APIの利用料金が増加したりする課題だ。これらは、ユーザーエクスペリエンスやサービス利用料金の設定に直接影響を及ぼす問題だ。対策として、稲荷平氏たちはプロンプトの調整による生成内容の短縮を実施。LangChainを活用し、出力パーサーを利用してあらかじめ決められたフォーマットのみを出力させたり、JSON出力時にstrictモードを設定して特定の項目しか生成しないよう制限をかけたりするなどの方法で対応した。
開発を通じて見えてきたAIエージェントツールの今後の課題
開発を通じて、稲荷平氏は3つの重要な知見を得たと言う。

1つめは、業務サイクルを回せる業務遂行パートナーとして、ユーザーが欲しているもの・解決すべき課題の提案を行えるUI/UX設計を行い従来のチャットボットを超える必要性がある。
2つめは、AIエージェントはあくまでも課題を解決するための手段の一つに過ぎないということだ。ユーザーのニーズを把握し、そのニーズに応えるために必要なワークフローを整理する作業は、従来と変わらない。こうした基本的な部分をしっかりと理解した上で、適切にAIエージェントを設計・実装していくことが重要だと改めて認識したと稲荷平氏は話す。
3つめは、LLMの生成時間との向き合い方である。処理時間のロスを考慮したとき、人間とAIエージェントの役割分担をどう最適化するかが課題となる。「新しい技術が登場すると、高確率でUXの問題もセットで発生する。本番リリース前にこうした課題をしっかりと洗い出し、解決するプロセスが欠かせないと実感した」(稲荷平氏)
今後は、AIエージェントをさらに活用し、より柔軟な分析対応や外部データとの連携強化、ダッシュボードの自動生成など、新たな機能の提供を進めていくと明かす両氏。AIエージェントをどこまで進化させることができるか、挑戦は続く。
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