はじめに
第1回では「AIエージェントの基本的な概念」から、どのような領域での活用が期待されているかについて解説しました。第2回では、PoCから実用化への壁を突破するための「AIエージェント開発の実践論」に踏み込みます。プロジェクトの難所となる「不確実性への向き合い方」、信頼性を担保するための「地道なルール作り」、そして継続的な改善を支える「テストと評価戦略」について、技術とプロセスの両面から解説します。
対象読者
この記事では、以下のような方を対象としております。
- AIエージェントに興味があり、その詳細について知りたい方
- AIエージェントに関する事業を推進するDX/AI推進部の方
- AIエージェントの開発などに実際に関わっているエンジニアの方
AIエージェントの実用化を阻む「技術」と「組織」の壁
AIエージェントの実用化が難航する要因は多岐にわたりますが、本記事では特に大きな障壁となる「技術的な不確実性」と「組織・カルチャーの壁」の二点に焦点を当てて解説します。
前者は、確率的に動作する生成AIの挙動をいかに制御し、品質を担保するかというエンジニアリングの課題です。後者は、AIエージェントの能力を最大限に活かすために、既存の業務プロセスや意思決定フローをどう変革できるかというビジネス/組織論の課題です。
これら2つの側面から、なぜ実用化のハードルが高いのかを紐解いていきます。
なぜ9割以上のプロジェクトが成果を出せないのか?
AIエージェントをはじめとする生成AIの取り組みは、多くの企業においてPoC(概念実証)段階に留まり、本格的なビジネス利用に至っていないのが現状です。
先日公開されたMIT[1]やマッキンゼー[2]の調査によれば、企業が生成AIに多額の投資をしている一方で、実際に収益への効果を実感できている企業はわずか5〜6%程度に過ぎないと報告されています。
特にAIエージェントに関しては、マッキンゼーのレポートにおいて、39%の企業が実験を開始し、23%が導入拡大(スケール)に進んでいると回答しています。しかし、その実態は1〜2の業務機能への限定的な導入がほとんどであり、各業務機能ごとの導入率は10%未満にとどまっています。
つまり、多くの企業が可能性を感じて取り組み始めているものの、あくまで実験段階や局所的な利用であり、広く業務に定着して実用化の恩恵を享受するフェーズには至っていないのが現状です。
[1] MLQ.ai, MIT Study: 95% of Generative AI Pilots Fail to Deliver Business Impact in Enterprises
[2] McKinsey, The state of AI in 2025: Agents, innovation, and transformation
技術的要因:AIエージェントの不確実性と問題の「モグラ叩き」状態
従来のシステム開発や新規事業にも、さまざまな不確実性が存在します。「顧客にとって本当に価値があるのか」「ビジネスとして成立するのか」「市場環境は変わらないか」「スケジュールやコストは予測できるか」といったものです。
しかし、AIエージェントの実用化が難しいのは、こうした観点に加えて、以下のようなAI特有の技術的不確実性があるためです。
- マニュアルの文脈や意図を汲み取って行動するのが難しい
- ユーザーからの入力パターンが多様であり、あらゆるケースの制御が難しい
- 同じ入力であっても異なる結果が返ってくる場合がある
- 複数のAIが連携して動くことで、エラーの発生箇所を特定するのが難しい
このような特性は、品質や納期の予測の難しさを加速させています。
LLMの確率的な挙動により、機能要件よりも品質要件の不確実性が高まり、「いつ完成するか」や「ビジネスとして成立するか」といった見通しが従来のソフトウェア開発以上に不透明になります。
また一般に指示文のトークン長が大きくなると指示への追従性が低くなっていく現象(Context Rot)も知られており、一つのバグや不具合を解消しても別のケースで新たな問題が生じる「モグラ叩き」状態になることがあります。このような「精度改善の非線形性」によって、プロジェクト全体のスケジュールや完了時期がより予測しづらくなっており、結果としてAIエージェントの実用化を難しくする要因の一つとなっています。
組織的要因:成功のポイントは「経営のコミット」と「現場起点の改善サイクル」
AI導入がうまくいかない原因として、技術そのものだけでなく「AI以外」の要素がボトルネックになっていることも少なくありません。たとえば、既存の業務プロセスとの不整合やビジネスモデルとの相性、あるいは現場や組織カルチャーへの定着の難しさ、といった組織や運用に関わる観点もしばしば問題となります。
技術的にはクリアできていても、こうした壁が残されたままでは本当の活用・定着には至りません。これらを乗り越えるために重要なのが、(1)経営層のコミットメントと(2)現場起点の改善サイクルです。
(1)経営層のコミットメント
「今のやり方を変えたくない」「効率化しても収益構造に合わない」といった声が現場から上がることは、ある意味で健全な反応です。
AI導入による恩恵を受けるには、単なる現場の工夫や部分的な置き換えではなく、業務プロセスそのものをAIを前提としたプロセスに再設計する必要がありますが、多くの場合こうした全体最適や大きな方向転換は現場レベルでは決められていません。経営層が明確なビジョンを示し、組織全体で変革を推進するコミットメントが不可欠となります。
(2)現場起点の改善サイクル
AIエージェントは運用しながら改善していくアプローチが推奨されます。継続的に価値を生み出すには、開発チームと現場が連携して改善サイクルを回すことが欠かせません。
LLMやソフトウェアのベンチマークだけではなく「現場の事業KPIがどれだけ改善したか」を評価軸にすること、現場ユーザーが日々の業務の中で気軽にフィードバックできる仕組みを整えること、ガイドライン整備やワークショップを通じて現場のAIリテラシーを高めて質の高いフィードバックが自然と集まる土壌を育てること、がそれぞれ重要です。
