品質を「点」ではなく「面」で捉えるフルスタックのアプローチ
本セッションのモデレーターを務めたのは、書籍『フルスタックテスティング』日本語版のレビュアーとして制作過程に関わったSCSK株式会社の早川隆治氏である。
登壇した訳者は3名。末村拓也氏と松浦隼人氏はいずれも、テスト自動化ツールを開発するオーティファイ株式会社に所属し、それぞれ品質エバンジェリスト、シニアソリューションアーキテクトとして現場で活躍している人物だ。堀明子氏はPagerDuty株式会社に所属し、インシデント対応やシステム運用を支援する立場から品質に向き合っている。
こうした多様な専門性をもつ有識者たちによって世に送り出されたのが、書籍『フルスタックテスティング』である。400ページを超える同書は、フルスタックテスティングの概念から始まり、手動探索的テスト、自動テスト、データ、セキュリティ、モバイル、パフォーマンス、アクセシビリティなど、10を超える領域が網羅されている。特定の手法や立場に偏ることなく、ソフトウェア品質を全方位から捉えようとする構成こそが、本書の最大の特徴である。
この広範な内容を支えたのが、17名に及ぶ専門家レビュアーの存在である。各分野の第一線で活躍するプロフェッショナルが翻訳を検証し、内容の正確性と実務性を高めた。さらに日本語版では、原著刊行から時間が経過している点を踏まえ「2025年のフルスタックテスト」と題したコラムが追加されている。すべてを最新化することは困難だったものの、特に変化の激しい分野について補足が加えられ、実務に即した内容となっている。
訳者たちはそれぞれ、異なる角度から本書のメッセージを読み取ったという。まず末村氏が強調したのは、「テストを機能・非機能、自動・手動といった二項対立で捉えてはいけない」ということだ。本書でも、優劣を付けたり、どちらかだけを実施すれば良いというものではなく、各手法が重なり合い、補完し合う関係として描かれている。
象徴的なのが「手動探索的テスト」という表現だ。あえて「手動」と明示することで、探索的テストにも自動化などの技術介入の余地があることを示唆している。テスト手法は固定的なものではなく、AIをはじめとした技術の進化とともに、新たなテスト技術が生まれ続ける。探索的テストの根幹にあるのは「一つのプロダクトを高品質に保つには、単一の観点では不十分であり、複数の角度からテストを重ねなければならない」という考え方だ。これを実現するために現在は手動で実施するのが主流だが、今後「自動探索的テスト」という手法が活発になる可能性もある。
続いて松浦氏は、本書の章立てそのものに注目する。本書は「どうテストするか」ではなく「何をテストするか」を軸に構成されているため、異なるテスト対象を同じフォーマットで比較できる。これにより、すべてのテストに共通する原則と、対象ごとの特性が自然と浮かび上がる。「ミクロな観点で詳細を検証するテストと、マクロな観点で全体を見るテストを意識的に分けるという当たり前のことが一貫して語られている点が印象的だ」と松浦氏は話す。対象は異なっても、ゴールは高品質なソフトウェアを素早く届けることに収束していく。その構造が分かりやすく示されている点を評価した。
一方、堀氏が注目したのは「非機能要件」という言葉の再定義である。本書ではこれを機能横断要件、いわゆる「クロスファンクショナル要件」として位置付けている。そこには、性能やアクセシビリティを周辺的な要素として扱うのではなく、ユーザー価値を支える中核的な機能として捉える思想がある。さらに、これらの要件は技術主導で一方的に決めるものではなく、ビジネスステークホルダーとの合意形成が前提となる。この点についても、堀氏は強く共感したという。
