クラウドセキュリティのプロが、なぜ「Google Cloud Next」に参加したのか
2026年4月下旬、私はアメリカのラスベガスに立っていました。砂漠地帯の乾燥した空気と、巨大なカジノのネオンが入り混じる世界有数のエンターテイメントの地であるこの場所が、年に一度、世界中のGoogle Cloudエンジニアが集結・熱狂する「Google Cloud Next」の舞台となります。
私はこれまで、セキュリティ業界のスペシャリストとしてキャリアを積んできました。現在はマルチクラウド環境におけるセキュリティ対策を専門としており、AWS、Azure、Google Cloudという主要3大クラウドすべての認定資格を保持、また、Top Engineerをはじめとする数々の受賞をしてきています。私の著書『マルチクラウドセキュリティの教科書』でも各クラウドの解説を執筆しているとおり、私のスタンスは常に「特定のベンダーに依存せず、プラットフォームごとの思想の違いを理解して最適解を導き出す」ことにあります。
実を言えば、Google Cloud Nextに現地参加するのは今回が初めてのことでした。これまでは日本から画面越しにオンライン配信のキーノートを眺め、ドキュメントを読み解いて検証するだけでした。しかしながら、昨今のIT業界の情勢を鑑み、私は大海原を渡りこの目で目撃しなければならないと思いました。
その理由は明確です。クラウドの主戦場が単なる「インフラの提供」から「自律型AIエージェントの実行基盤」へと新たなるステージに移行しているからです。これまでのクラウドは、サーバーやストレージといった静的なリソースを貸し出す場所でした。しかしながら、AI技術の発展が凄まじい現在、クラウドはさまざまな基盤モデルやAIエージェントを扱うようになり、エージェントが思考し行動するための基盤となってきています。
AIが単なるチャットボットとして応答するだけでなく、自ら考え、ツールを使い、業務プロセスを完遂する。このパラダイムシフトは、私が専門とするセキュリティの領域においても、根本的な考え方の変更を強いるものです。この「クラウドとセキュリティの常識」が変わる瞬間を、画面やドキュメント越しではなく、現地の熱気の中で確かめたい。そんな衝動に突き動かされ、私はクラウドセキュリティのプロとしての視点を携え、Google Cloud Nextに赴きました。
キーノートで語られたAIエージェントの力を引き出す次世代プラットフォーム
多くの新機能やGoogle Cloudのロードマップが語られるのがキーノートです。キーノートはマンダレイベイのアリーナ会場で行われ、開始前から熱気に包まれていました。
今年のキーワードは何といっても「Agentic AI」です。2024年までの生成AIブームがAIをチャットツールとして使う段階だったとするならば、2025年から2026年にかけては、AIが自律的な意思決定を行い、ビジネスプロセスをエンドツーエンドで完遂する「AIエージェント時代」へと進化した年と言えるでしょう。
本イベント最大の目玉であり、Vertex AIの正統な進化形として発表されたのが「Gemini Enterprise Agent Platform」です。これは単なるモデル提供基盤ではなく、エージェントの「構築・拡張・統制・最適化」を統合管理するための、包括的なプラットフォームです。各フェーズで活用できる新機能が以下のとおりです。
| フェーズ | 新機能 | 機能概要 |
|---|---|---|
| Build(構築) | Agent Deployment Kit | エージェントの推論ロジックやツール利用を定義するための開発フレームワーク |
| Scale(拡張) | Agent Runtime | 高速起動と長時間の実行状態維持を可能にする、エージェント専用のマネージド実行環境 |
| Agent Sessions | エージェントとの対話を管理・保存する履歴管理機能 | |
| Agent Sandbox | エージェントがコード実行やファイル操作を安全に行うための、コアシステムから隔離された保護環境 | |
| Agent Memory Bank | 過去のやり取りやユーザーの好みを学習し、セッションを跨いで保持する長期記憶レイヤー | |
| Govern(統制) | Agent Gateway | エージェントの、データやツールなどへの通信を制御し、ポリシーを強制するゲートウェイ |
| Agent Identity | すべてのエージェントに固有の暗号IDを付与し、誰が何をしたかを明確に追跡 | |
| Agent Registry | 組織内で承認済みのエージェントやツール、スキルをカタログ化し、発見と再利用を容易にする中央ライブラリ | |
| Optimize(最適化) | Agent Evaluation | 推論の正確性や安全性を、シミュレーションやテストデータを用いて客観的にスコアリングする評価ツール |
| Agent Observability | エージェントの内部的な思考プロセスやパフォーマンスを、リアルタイムに可視化・監視 |
非常に多くの機能が登場し、エージェントの性能を最大化するための可能性が広がっているように思いました。
さらにキーノートでは、以下の5つの要素から成るAIスタックをもとに、次々と新機能が発表されました。
- AI Hypercomputer
- Agentic Data Cloud
- Agentic Platform and Models
- Agentic Taskforce
- Agentic Defense
AI Hypercomputer
エージェントが24時間365日、自律的に思考し続けるには、従来のサーバーの概念を超えた計算資源が必要です。今回発表された「AI Hypercomputer」は、第8世代TPU(8t/8i)と、光スイッチネットワーク「Virgo」を統合したものです。 これにより、数万個のチップを一つの巨大な計算機として扱い、エージェントの推論にかかるレイテンシを極限まで抑え込んでいます。この圧倒的なスケール感に、Google Cloudの本気度を感じました。
Agentic Data Cloud
エージェントがデータを扱うための基盤が「Agentic Data Cloud」です。新機能「Knowledge Catalog」では、企業のあらゆるデータに「ビジネス上の意味」を自動でタグ付けし、エージェントが即座に理解できる形に変換します。
とくにマルチクラウドの専門家として注目したのは「Cross-Cloud Lakehouse」です。AWSやAzureにデータがあっても、移動させずにそのままエージェントが利用できるようになり、ベンダーの壁を超えてデータをシームレスに活用できる基盤が整ってきました。
Agentic Platform and Models
ここが前述した「Gemini Enterprise Agent Platform」が位置するレイヤーです。これらを活用することで、企業が大規模にエージェントを導入・管理できるようになります。
Agentic Taskforce
Workspaceやカスタマーエクスペリエンス製品に統合されたエージェント群が「Agentic Taskforce」です。例えば、「Google Workspace Intelligence」により、DocsやSlidesを跨いでエージェントが資料を完成させることが可能です。これは単なる効率化ではなく、人間とAIが一つの「タスクフォース」として動く、新しい働き方の提示でした。
Agentic Defense
そして、私のようなセキュリティ専門家が最も熱狂したのが「Agentic Defense」です。Googleの脅威インテリジェンスと、買収したWizのセキュリティプラットフォームが完全に融合し、セキュリティ運用を「人手」から「自律型エージェント」へとシフトさせる具体的な道筋を示しました。Google CloudのSIEM(Security Information and Event Management)機能である「Google Security Operations」では、「Threat Hunting agent」や「Detection Engineering agent」が自律的に脅威を検出し、ルール作成の支援まで行ってくれます。
また、Wizのプラットフォーム上でも、Red/Blue/Greenの3つのエージェントがその実力を示しており、脅威の検出からクラウドリソースの修復の提案を行ってくれます。
