デザインとプロダクト開発におけるハーネスエンジニアリング
続いて、話題をエンジニアリングからデザインおよびプロダクト開発全体へと広げたディスカッションが行われた。デザインのような感覚的要素が大きい領域に、果たしてハーネスエンジニアリングを持ち込めるのかという問いに対し、イシジマ氏は「デザインにおける分水嶺」を示した。
イシジマ氏によると、デザインの構成要素は大きく「言語化できる部分」と「非言語の部分」に分けられる。
| 区分 | 対象要素 | 主な役割と担当 |
| 言語化できる部分(ハーネスの領分) | 定義値、デザイントークン、コンポーネント、命名規範、ガイドライン | コードに還元可能。VRTやlintで検証し、品質の「下限(床)」を保証する |
| 非言語の部分(人間の領分) | 操作体験、文脈、人間の振る舞い、ユーザーのエウレカ(ひらめき) | 人間が思考し探求する。プロダクト価値の「上限(天井)」を引き上げる |
イシジマ氏は「数値化やコードへの落とし込みが可能な領域は、エンジニアも積極的に関わってハーネス化すべきである。一方で、ユーザーの予想もしない使い方から新しい価値を見出すような『直感的な閃き(エウレカ体験)』は人間にしかできない。上振れは専門職であるデザイナーに任せ、下振れの劣化を防ぐガードレールをAIとハーネスに任せるべきだ」と語った。
SSoT(正本)の有無で切り分けるAI生成デザインのレビュー戦略
現在、多くのプロダクト開発現場では「デザイナーが不足している」「エンジニアがUI/UXを兼務している」という問題が深刻化している。そこに生成AIが登場したことで、誰でも“それっぽい”画面を作れるようになった。しかし、ここに新たな落とし穴が生じているとイシジマ氏は指摘する。
画面は作れるようになったものの、何が良い・悪いかの基準がないためレビューが機能しない。AIが生成した画面に対して「なぜこのデザインがいいと思ったのか」を問われても答えられず、合否の判定基準がない中で品質責任だけを個人が負わされている状態である。
この悪循環を断ち切る鍵こそが、デザインハーネスの導入である。イシジマ氏は、デザインハーネスがもたらす最大の価値を「生成者に対するデザインの免責」であると定義した。
「ハーネスを通しているのだから、生成されたデザインは個人の責任ではなく、デザイナーとハーネスの責任であると言える状態を作る。そうすることで、チームメンバーは失敗を恐れずに大量の生成とチャレンジを繰り返せるようになる」と解説した。
では、実際にどのようにデザインのレビューとハーネスを組み合わせるべきか。イシジマ氏は「正本(Single Source of Truth:SSoT)の有無」と「変更の種類」によるレビュー配置のマトリックスを説明した。
正本とは、Figma上のトークンやコード化されたデザインシステム、言語化された判断基準を指す。
- 正本あり × 範囲内の変更:人間によるレビューを廃止し、トークンlintやVRT(Visual Regression Testing)のdiff判定により、CI上で機械的に合否を返す。
- 正本あり × 範囲外(破壊的変更):変更の影響度に応じ、人間(デザイナーやプロダクトマネージャー)が承認を行う。
- 正本なし × 範囲内の複製・拡張:最も危険な領域である。正本がないままAIと人間が「推測」で似たような画面を量産してしまうため、いち早くプロトタイプを世に出して学習し、正本へ昇格させる必要がある。
- 正本なし × 範囲外(新規事業・探索):機械に頼らず、人間がプロトタイプを用いて探索・判断する。
イシジマ氏は「正本が存在する部分のルールチェックをハーネスへ委譲することで、レビューの停滞を防ぎ、開発スピードを劇的に向上させることができる」と強調した。
AI Nativeな開発組織を目指して ──開発と組織の未来像
セッションの終盤、登壇者3名から今後のプロダクト開発と組織のあるべき姿についてのメッセージが語られた。
宮脇氏は、企業が目指すべきロードマップとして「AI Enabled → AI Ready → AI Transformation → AI Native」という進化のプロセスを示した。「まずはGOVERN、MANAGE、ENABLE、MATUREの4観点を整理し、AIを組織として受け入れられる『AI Ready』な体制作りを完了させることが最優先課題である」と述べた。
イシジマ氏は「感覚的な『いい感じ』を放置せず、AIとCIが従える基準としてSSoT化していくことが重要だ。透明化のプロセスは民主的に進めつつも、非言語領域の意思決定においては責任者が明確に決めるというメリハリが成功の鍵になる」とアドバイスを送った。
モデレーターの加賀谷氏は、自身のシードスタートアップでの実践に触れつつ、次のようにセッションを締めくくった。
「ハーネスエンジニアリングというテーマを通じて伝えたかったのは、これほどAIやデザインの自動化が進む中で、これまでのソフトウェア開発の『当たり前』を疑うフェーズに来ているということである。AIが登場人物として組み込まれた時、開発プロセスや組織の役割はどう変わるのか。ハーネスエンジニアリングを一つのきっかけとして、新しい開発のあり方を模索していくことが、いま最も刺激的で楽しい挑戦だと感じている」
AIエージェントの自律性が急速に高まる現代において、ハーネスエンジニアリングは単なる技術的テクニックを超え、チームの生産性と品質を両立させるための組織デザインそのものであると言える。プロダクトマネージャーやエンジニアにとっても、AIへ安全にタスクを委譲するためのルール作りとプロセスの再構築が、今後のプロダクト競争力を左右する重要な鍵となるだろう。
