米ロサンゼルスで開催されているデジタルコンテンツのテクノロジーカンファレンス「Adobe MAX 2010」。本開催初日にあたる25日(米国時間)の基調講演では、米Adobe社CTOのKevin Lynch氏が登壇し、同社が提案するデジタルメディアの将来像を語った。
デジタルメディアの変革に対するAdobeの選択肢
Lynch氏はまずデジタルメディアが変革(transformation)の最中にあることを提起し、その変革がデベロッパーやデザイナーに何をもたらすか、アドビが何を手助けしようとしているかについて語ると前置きして、初日のキーノートが始まった。
インターネットにはデスクトップPCだけでなく、モバイルデバイスもつながっているが、モバイル端末のハードウェア性能やワイヤレス接続の帯域幅、ディスプレイサイズが向上していく中で、モバイルでの利用が着実にデスクトップを超えつつある。つまり、コンテンツをデザインするにあたって、従来までのPC用途を中心としたものでなく、小さい携帯端末を念頭に置く必要があるということだ。しかも、過半数の人が携帯端末でアプリを使うようになると、その変化はとても大きなものとなる。Lynch氏はこのシフトが以前PCで起きた変革より大きなインパクトをもたらすと予想する。
また、最近ではキーボードがないノートパソコンタイプのタブレットコンピューターや、インターネットテレビなども普及してきている。その意味では、各々の特性を活かしつつも、いかにすべてのプラットフォームで同じことが行えるようにするかが今後の課題と述べた。
そのような課題に対して、アドビはどのような解決の選択肢を提供するのか。Lynch氏は、「Webサイトの作り方」「電子出版(デジタルパブリケーション)」「ビデオ」「エンタープライズアプリケーション」「ゲーム」の5つの視点で講演を進めた。
Webサイト作成のテクニック
今やWebサイトは多くの人が閲覧しており、その閲覧方法も多彩になってきた。デスクトップやモバイル用はもちろん、タブレット、インターネットテレビと様々なデバイス向けのWebページを作る必要がある。その一つのテクニックとして、CSSでHTMLの見せ方を制御する方法がある。自社サイトの「Adobe Developer Connection」を例に話を進めた。
同サイトはPCでは複数カラムのレイアウト、表示幅の狭いモバイル端末では1列カラムのレイアウトと、デバイスのスクリーンサイズに適した形式で表示される。これにはCSS3のMedia Queriesが使われている。
このようなサイト作りの手助けとして、オーサリングソフト「Dreamweaver CS5」のアップデート版の機能「マルチスクリーンプレビュー」を使う様子をデモで示した。マルチスクリーンボタンを押すと、小(携帯用)、中(タブレット用)、大(デスクトップ用)の3つのレイアウトが並んでライブプレビュー表示され、ダイアログボックスで個別の設定を指定するだけで、簡単にマルチスクリーン対応が実現できる。
次に、DreamweaverをHTML5+CSS3のモーショングラフィックデザイン作成に活用する例として、コードネーム「Edge」プロジェクトが紹介された。コーディングレスでFlashのようにタイムラインを制御する形で要素をスライドインしたり、オーバーレイしたりという設定をできる様子が実演された。これは、jQueryを拡張する形で実装されている。
新技術を使ってもブラウザがサポートしていないと意味がないということで、HTML5の適用がどれくらい進んでいるかを「CS Live」サービスの「SiteCatalyst NetAverages」を使って、視覚的に把握する様子も示した。併せて、ブラウザ検証に便利なCS Liveサービスの一つ「Adobe BrowserLab」も紹介された。
電子出版(デジタルパブリケーション)におけるブランドの差別化
電子出版も現在大きな変革の時期にあり、紙に印刷する従来のモデルと比べると近年のデジタルコンテンツにはいくつかの問題があった。
例えば、雑誌のケースだ。「Wired Magine」と「National Graphic」を比べると、内容はもちろん紙面デザインや紙の質などの違いから、閲覧時の体感が異なり、それぞれ異なったブランドイメージを強く受ける。一方、WebページではHTMLの表現力の制限から、以前より改善しつつあるものの、紙媒体ほどの差別化は難しい。
しかし、この状況がタブレットの登場によって少し変わってきた。タブレットでは既に紙媒体に匹敵するようなユーザー体験を提供する雑誌が出始めてきている。カリスマ主婦として著名な「Martha Stewart」がゲスト登壇し、手掛ける雑誌「Martha Stewart Living」のタブレット版のプレゼンテーションを行った。Stewart氏は「雑誌の読者はストーリーだけを読んでいるのではない」ことを指摘し、タブレットのインタラクティブ性を活かして、刻々と写真が変化する表紙、クリックすると中身が見える料理写真、ページをめくらずに確認できるレシピ、スクロールして見れるパノラマ写真などの工夫を凝らした具体的な試みの数々を紹介した。特に、高品質の写真を表示可能な表現力や、どこでも閲覧できる携帯性を評価しており、もっとデバイスが普及してくることに期待すると語った。
また、レイアウトのコントロールも制作者にとって重要な問題の一つ。アドビがHTMLの表現力を向上させるために現在取り組んでいるテーマとしてHTMLのデザインフィデリティ(fidelity;忠実性)を挙げ、固定レイアウトと動的なレイアウトの相互連携によって、実現を進めている。例えば、4:3の解像度を持つiPadと16:9の解像度を持つAndroidタブレットで同じようにページを再現したり、現在HTMLで実現することが難しいフローインググラフィック(画像を避けてテキストをレイアウトする)を「ダイナミックラッピング」という新機能を追加して表現できるようにしたことを説明した。後者のコードはオープンソースのWebKitに入れる予定だという。この流れで、その他のすべてのブラウザに採用してもらえれば、デザインのフィデリティをより確保できるようになる。
その他に、アドビによる様々な雑誌に共通して使える新システムとして、本日出版社向けに「Adobe Digital Publishing Suite」のベータ版が発表された。オーサリングツール「InDesign」をデジタルパブリッシング用としても使えるようにするための双方向のインタラクション編集機能の拡張や、さまざまなデバイスへのパブリッシング機能、コンテンツの配信、閲覧状況の分析機能などを統合したシステムだ。
iPad向けのWiredはこれを使って配信されており、米Conde Nast社CTOのJoe Simon氏は、「提供を始めて数か月になるがiPad向けのWiredは非常に好評で、面白いことに店頭売りと喰い合いをしていない。ダウンロードも増えつづけており新しい媒体ができたという印象。デザインコントロールは色々と工夫した」と感想を述べた。
ビデオもマルチデバイス対応へ
次に、あらゆるデバイスにおけるビデオの革命について説明した。オンラインの動画サービス、さまざまなイベントの中継などがFlashの技術で提供されており、ストリーミングビデオの採用率は過去2年間、倍増を続けている。Flashのストリーミングで128ペタバイトもの情報が1か月に配信されるようにもなってきている。最新版のFlash Player 10.1をリリースした際は、最初の3か月でブラウザへの採用率が74%を超え、歴史上最も速いペースで普及した。
また、Flashが複数のデバイスを対象としていることから、電話、タブレット、PC、テレビとあらゆる端末で革命が起こっているという。中でも相互接続型のテレビが最も新しいもので、今後のユーザー体験がどのようになっていくか注目して欲しいと述べた。
例えば、Androidをベースにしたソフトウェアプラットフォーム「Google TV」でのFlashのビデオを再生する様子や、「Stage Video」というFlashの新技術でスムーズなストリーミング視聴を行える様子が紹介された。「Stage Video」とは別のセッションでの説明によると、通常動画再生にはデコードと、拡大縮小・色変換といった画像処理の2段階のステップがあり、通常後者はハードウェアでアクセラレーションされることがないが、それをハードウェアアクセラレーションすることでCPUを使わずに性能向上させるものだという。現在最も力を入れている技術の一つのようだ。
ここまではブラウザ中心のアプローチ。一方、アプリ型のアプローチとして「AIR for TV」が紹介された。テレビ向けのAIRで、テレビのリモコンを使って操作したり、動画本編だけでなく予告編やさまざまな情報を見れるようになっている。現在、製造業向けにリリースしているとのこと。最初のパートナー企業はサムソンで、今後対応テレビが増えてくれば、AIRを使ってテレビ用のアプリを自由に作れるようになってくるだろう。
また、マルチスクリーンが一般化すると、様々な形式のビデオのエンコーディングを行う必要があるが、次のバージョンのFlash Video Encorderではwatchフォルダにいれると自動的に複数の種類にエンコーディングしてくれる機能が搭載されるようだ。
そして現在Flash Media Serverで実現している、マスターファイルを設定すると自動的にエンコーディングしてCDNに配信できるようにする機能、ネットワーク内でビデオのデータをシェアして負荷を下げるP2P機能などが紹介された。キーノートのオンライン配信もP2Pで負荷分散させたという。
エンタープライズアプリケーションの課題
ここまでのようなマルチスクリーンの革命はエンタープライズアプリの世界にも来ており、顧客向け、社内向けの両方のアプリで多くの問題を解決する、とLynch氏は次のように述べる。
インターネットは今や消費者と企業の双方に必要だが、現実は消費者のインターネット利用に比べ、企業向けは遅れている。それを解決できれば競合他社に対して大きく差別化できるだろう。スクリーン上のUIも大事だが、その背後でそれを実現している技術も重要。このエリアは「カスタマエクスペリエンスマネジメント」と呼ばれている。これを実現するための要素として、プロセス、ソーシャル、コンテンツ、分析・最適化の4つを挙げ、中でもコンテンツの対策として買収中のDay Software社が有するCMSのデモが行われた。
マルチスクリーンにおけるユーザー体験向上の課題として、端末ごとにどのように異なって表示されるかを作り手に見せることが大事と説明し、CMS上でデスクトップや携帯端末といった見栄えそのままに編集できる様子を示した。特に柔軟性と簡単に修正できる操作性が必要だと指摘している。
組織的な体験の例としては、トロントの病院で使われているタブレットでMRI画像を閲覧するアプリケーションがデモ動画で紹介された。これには本日ベータ版の提供が発表されたFlex 4.5が使われている。
また、Flash開発者のためにAIRをどう普及させていくかという施策の一つとして、AIRをOSの中に入れ込みマルチタスクを本格搭載したタブレット端末「BlackBerry Playbook」が発表された。Developer Toolkitも本日から提供開始されている。
ゲームでの需要が、Flashの普及や技術向上に貢献
最後のセクションはゲームについて。今日、70%のカジュアルゲームがFlashで動いており、ゲームでの需要がFlashの普及をけん引してきたともいえると説明した。技術的な課題の克服や表現力の部分など、ゲーム以外の部分を良くするのにも貢献したという。
現在いろいろなOSで動かすことが簡単にできるようにもなっており、例として、映画のプロモーション用としてソニーが作ったゲーム「Green Hornet」がPCおよびAndroid端末上で同じように動く様子が紹介された。Android上でFlashベースのアプリを動かすAIR for Androidはすでに使うことができ、SDKも提供されている。
アプリケーションをAIR for Android用にまとめることは容易で、例えばFlash Professionalではプロフィールを変えて、いくつか設定を行うだけだという。
また、Webでのゲームの体験をよりよくするものとして、Flashに対応したゲームコントローラーが近々に登場することをほのめかした。最近のゲームの3D化をサポートするためのGPU活用技術(コードネーム"Molehill")もFlash Playerで近々に実装される予定だとしている。
参加者全員にAndroid端末「Droid 2」のプレゼント
最後にLynch氏は、「ここまで説明したマルチスクリーンのもたらす変革をぜひ有効活用して、最適化された体験を皆さんに作ってほしい」と呼びかけ、講演を締めくくった。
なお、講演終了後にはイベントスポンサーのモトローラ社よりサプライズとして、Android端末のDroid 2が参加者全員に提供された。