ニューラルネットワーク――AIブームを牽引する重要技術
ディープラーニング1 を生み出したニューラルネットワーク(図1)は、近年のAI(人工知能)の飛躍的進歩を支える重要なアルゴリズム2であり、それを正しく理解することはITの進歩を予測するうえで必要不可欠です。
ただし、ニューラルネットワークを「ディープラーニングの基礎となるアルゴリズム」という説明だけで済ませてしまうと、ニューラルネットワークの持つ可能性を狭めてしまうことになるでしょう。
ディープラーニングというのは、あくまで「ニューラルネットワークの学習システム」のことです。そのため、ディープラーニングがすごいからニューラルネットワークは重要だ、ということになると、ニューラルネットワークの強みが学習能力だけのように聞こえてきます。確かに、ディープラーニングが騒がれている理由の1つは、その画期的な学習システムによって、ニューラルネットワークの持つ学習能力のポテンシャルを最大限に引き出したことにあるため、その理解が間違っているわけではありません。
しかし、ニューラルネットワークの本質は「生物の神経ネットワークを模倣した構造や仕組みを持っている」という点にあります。脳に代表される生物の神経ネットワークは優れた学習能力を持っており、その強みは「学習ができる」という部分にとどまりません。複雑な事象を一般化する能力や、少ないエネルギーで計算・判断をする能力にも優れており、ニューラルネットワークの高い認識・知覚能力もこうした特性に支えられています。
また、ニューラルネットワークは「省エネ能力」が高いのも特徴です。これを活かすためには、既存のコンピュータでは不十分といえます。計算を行うコンピュータ自身もニューラルネットワーク化していなければ、ニューラルネットワークの真価を発揮することはできません。計算回路そのものをニューラルネットワーク化する「ニューロモーフィックコンピューティング」の存在についても知っておく必要があるでしょう。
そしてもちろん、ニューラルネットワークの学習能力がなぜすごいのか、他のアルゴリズムとは何が違うのか、という点についても理解しておかなければなりません。そもそも、学習能力自体はニューラルネットワークだけのものではありません。他にも数多くのアルゴリズムが存在し、それぞれ異なった特性の学習能力を持っています。にもかかわらず、なぜニューラルネットワークが突出した成果を上げているのか。それを理解していなければ、ニューラルネットワークの進歩に追いついていくことはできません。
第1章では、こうしたニューラルネットワークの能力や可能性、ディープラーニングとの関わりやその影響力について、詳しく解説していきます。
データマイニング――データ活用の可能性を大きく広げる分析手法
インターネットの登場で、世界中の企業・家庭・教育機関から、膨大なデータが集められるようになりました。その結果、容易には扱いきれない莫大な情報の集合体であるビッグデータが生まれ、データを知識化する手法であるデータマイニング(図2)が注目されるようになります。
しかし、それと同時に囁かれることが多いのが、「うちにはビッグデータがないから使えない」とか「データマイニングするほどの仕事じゃない」という誤解です。ビッグデータとともに注目が集まったことで、データマイニングは「ビッグデータから情報を抽出する技術」というイメージが強いですが、データマイニングは何らかの情報があれば活用可能です。
そもそもデータマイニングという言葉は、狭義には「統計的な分析手法を使ってデータベースから情報を抽出する技術」を指しますが、広義では「データの中から価値ある情報を見つけ出す」ことを意味します。この意味では、数学的な知識などないビジネスパーソンが顧客リストと購買リストを照らし合わせ、「若い女性がこの新商品を買っている!」と気付くこともデータマイニングといえるのです。
当然ながら、それぐらいのことはデータマイニングなんて言葉が登場する前から行われていました。問題は、個人の情報処理能力を超えた量のデータが集まっている場合や、データベースに記されている情報を人間が理解できないような場合です。個人の情報処理能力はたかが知れており、データベースの情報も細分化されているので、そのまま見たところで何がなんだかわかりません。そこで初めて、データマイニングに統計的な手法が必要になるのです。 「データマイニングには統計学的な手法が使われている」といわれると難しそうに聞こえますが、作業そのものはそこまで理解しにくいものではありません。難解な数式が使われているとしても、理屈がわかってしまえば、意外にすんなり受け入れられるはずです。また、データマイニングの手法を正しく理解できれば、ビッグデータとともにデータマイニングが注目されるようになった理由や、ビジネスへの活用方法も見えてくるでしょう。
第2章では、数式などは使わずに、データマイニングの手法について説明します。また、ビジネスへの応用やデータマイニングが活用される各種領域などについても解説していきます。
ブロックチェーン――一極集中から分散管理へ、常識を覆すテクノロジー
ビットコインを中心とした仮想通貨が世界的なブームになっています。仮想通貨での買い物はもちろんのこと、株式を発行して資金調達を行う「IPO」の代わりに、仮想通貨と交換できるトークンを発行して資金調達を行う「ICO」という手法も登場しました。個人が気軽に使える電子マネーの一種としてだけではなく、企業の運営資金としても使われるようになったのです。
さらには国家プロジェクトとして仮想通貨を流通させようとする国も現れ始め、すでに貨幣の一種として認識されるようになりつつあります。仮想通貨の誕生によって、お金という概念が変わろうとしているのです。
この仮想通貨の価値を支えているのがブロックチェーンと呼ばれる技術です。ブロックチェーンの特徴は、情報を分散させ、共同で管理することによって、その情報の正確性を担保するという点にあります(図3)。従来の一極集中型の情報管理システムとは、大きく異なる強みを持っています。
例えば、日本円なら日本銀行、楽天Edyなら楽天、株券なら株式会社が、その貨幣に関する情報を集中管理しています。この場合、管理者が管理を放棄したり、信用を失ったりすることがあれば、貨幣・情報の価値は容易に失われます。しかし、分散型の手法で管理される貨幣や情報に関しては、特定の管理者が存在しないため、その貨幣や情報の利用者や協力者が十分に存在する限り、その価値は保たれるのです。
ブロックチェーンを用いた仮想通貨が注目された理由は、そこにあります。電子的にしか存在しないデジタル貨幣を、集中型の手法で不特定多数と取引可能にするには、デジタル貨幣の管理者への信頼が必要でした。つまり、管理者が大金を預けるに値するほどの、信用できる存在でなくてはならないということです。これは巨大企業であっても超えるのが難しい壁です。
しかし、ビットコインはブロックチェーンを用いた分散管理と暗号化を組合せることで、こうした「信用の壁」を迂回したのです。分散型の仮想通貨の場合、技術的に通貨を開発する組織は存在するものの、貨幣そのものを管理する企業・組織は存在せず、世界中のユーザーが互いに貨幣の信頼性を保証し合います。これなら貨幣を管理するための巨大な施設は不要ですし、信頼できる管理者を用意する必要もありません。
ブロックチェーンは非常に優れた仕組みを持っており、その応用範囲は貨幣だけにとどまりません。個人情報、契約情報、資産情報など、あらゆる重要性の高い情報をブロックチェーンで管理することが可能です。こうした試みは「ブロックチェーン2.0 / 3.0」などと呼ばれており、将来的にはさまざまな領域に広がっていくことが予測されます。もしかすると、仮想通貨によって引き起こされた革命が、金融以外の世界で起きるかもしれません。
今後、ブロックチェーンがどのような領域で用いられ、ビジネスにどのように活用していけるのかを理解するためには、その技術に関する理解が必要不可欠です。活用についても、第3章でブロックチェーンそのものの解説とあわせて考えていきます。
ロボティクス――人間とロボットの関係性は新たなステージへ
ロボティクスやロボット工学というと、手足の付いたロボットの技術開発をイメージするかもしれません。しかし、ロボットの意味する範囲は幅広く、あらゆる「機械」における運動制御、知覚認識、思考判断に関わる技術が含まれています。つまり、「動く機械」「認識する機械」「思考する機械」には、何らかのロボティクス関連技術が使われているということになります(図4)。
これはつまり、PepperやASIMOのような人型ロボットや、産業用ロボット、掃除用ロボットのように「ロボット」という名前が付いた機械だけではなく、自動運転車やドローンまでもがロボティクス関連技術に含まれるということです。このような位置付けでロボティクスを捉えると、その重要性が理解できるのではないでしょうか。
問題は、未来を変える5つのコア・テクノロジーとして挙げるうえで、「なぜロボティクスが今後伸びるのか」という点が簡単にイメージできないことにあります。データマイニングなら「ビッグデータ」、ブロックチェーンなら「ビットコイン」、ニューラルネットワークなら「ディープラーニング」と、世間を賑わすバズワードが登場しています。ところが、ロボティクスにはそれがないように思われます。
しかし、近年登場したキーワードをいくつか例示すると、その謎も解けるでしょう。例えば「AI」「IoT」「VR」などは、直接的な関連性はなくとも、すべてロボティクスに大きな影響を与える技術です。AIは掃除用ロボットや産業用ロボットの判断能力を向上させ、ディープラーニングはロボットの認識能力を飛躍的に高めることに成功しました。IoTによってあらゆるロボットがインターネットにつながった結果、ロボットの遠隔操作が可能になって、応用範囲が広がりました。また、インターネットにつながったもう1つの効果として、ロボットは情報収集機器としても独占的な立場を獲得しました。VR技術はロボットと人間をつなげる技術として、活用されています。
ロボティクスは周辺技術の飛躍的な進歩によって、今後大きく成長することが予測されています。そのうえで最も重要なのが、ロボティクスが社会に与える影響は、他の技術の比ではないという点です。
ロボティクス技術は、この世に存在する物体として人間社会に直接影響を与える力を持ちます。AIもデータマイニングもブロックチェーンも、すべては「情報を操る技術」であり、体を持ちません。そのため、単体の技術で直接的に社会を変える力はないのです。情報によって変えられるのは、情報に影響を受ける人間や機械の行動だけです。つまり、情報を正しく理解できる人間や機械の存在があって、初めて世の中が変わります。
一方、自動運転車を始めとするロボティクス関連技術が普及すれば、人間社会は驚くほど急に変わっていくでしょう。第4章では、ロボティクス関連技術にどのようなものが登場しているのか、それがどのように社会を変えていくのかに焦点を当てていきます。
量子コンピュータ――コンピュータの概念を変える大発明
5つのコア・テクノロジーとして掲げたものすべてに共通する点が1つあります。それは、すべてにコンピュータが関わっているということです。そのコンピュータの常識を変えうる技術が量子コンピュータです(図5)。
量子コンピュータは、従来型のコンピュータに比べて、一度の計算で扱える情報量が増えています。その情報量は2倍や3倍というレベルではなく、数十倍から数百倍の差があります。磁気で情報を記録するフロッピーディスクが、光で情報を記録するブルーレイディスクになったようなものと考えるとわかりやすいかもしれません。情報を扱う方式そのものがまったく違うのです。
詳しくは後述しますが、量子コンピュータが扱う1量子ビットだけで、数十倍から数千倍の計算能力になるわけです。量子コンピュータが一度に数千量子ビットの計算ができると仮定した場合、従来型コンピュータをはるかに凌駕する性能になってしまいます。
もし本当にそんなコンピュータが誕生すれば、スーパーコンピュータが行っていたあらゆる計算は瞬時に完了し、地球のシミュレーションどころか脳のシミュレーションだって実現します。そうなれば、AIの研究なんて不要になるかもしれません。神経細胞の働きを量子コンピュータで計算してしまえば、脳の働きを機械で再現できます。
ところが、量子コンピュータはよいことばかりをもたらすわけではありません。既存の通信で用いられている暗号は瞬時に解読されてしまうため、暗号化が意味を成さなくなります。暗号化の鍵として利用されているパスワードの類もあわせて解読されてしまうので、ハッキングや乗っ取りも簡単です。
シンギュラリティもビックリの話ですが、量子コンピュータの実現には、AIでシンギュラリティを実現するよりも多くの壁が立ちはだかっており、今までは現実的なものとは考えられていませんでした。
ところが、近年になって量子コンピュータが実用化されたというニュースが飛び交うようになりました。暗号が解かれてしまうのかと危惧する声が上がりましたが、専門家は全然そんな心配はないと説明しています。これは一体どういうことなのでしょうか。量子コンピュータには、量子力学という物理学の中でもトップクラスに難解な学問が関わっており、素人が説明を聞いても理解できません。
そこで、第5章では量子コンピュータに関わる量子力学の基本原理について簡単に説明しつつ、世界で研究されている量子コンピュータの原理や種類の違いについて説明していきます。量子コンピュータを正しく理解することで、量子コンピュータが社会にどのような影響を与え、未来を変えていくのかを冷静に予測することができるようになるでしょう。
5つの技術は未来をどう変えていくか
これらの5つの技術は、それぞれ独立して社会を変えていくわけではなく、相互に影響を与え合いながら未来を変えていきます。たとえ、それぞれの技術を深く理解していたとしても、バラバラに観測しているだけでは、相乗効果で発展を遂げる技術の変化に対応できません。技術同士の親和性や相互作用について、より幅広く考えていくことが大切になります。
ニューラルネットワークによって賢くなったAI はロボティクスとの親和性が高く、すでにさまざまな形で応用が進んでいます。データマイニングはニューラルネットワークによってその価値を高め、得られる知識は次の段階に進むでしょう。情報管理のあり方を変えるブロックチェーンは、情報の分散先にロボットを選ぶようになり、人間がまったく関与しない形で情報が管理されるようになります。そして、量子コンピュータがこうした技術の効率を爆発的に高めるのです。
終章では、5つのコア・テクノロジーがどのように関わり合い、発展していくのかを解説しています。今はまだテクノロジーによって「未来が大きく変わっていく理由」を正しく理解できなくとも、本書を読み終わる頃には、漠然とでも理解できるようになっているはずです。そのうえで、序文で述べたように、自分自身のビジネスとテクノロジーの関わり方を考えることができるようになれば、次に進むべき一歩が見えてくることでしょう。