- 書籍:『カイゼン・ジャーニー たった1人からはじめて、「越境」するチームをつくるまで』
- 前回のお話はこちら:第5回 チームで共通認識を持つためのカイゼン~「ファイブフィンガー」と「ワーキングアグリーメント」

このお話の舞台は、飲食店の予約サービスを提供するIT企業のプロジェクトチーム。ツワモノぞろいのチームに参加した新人デザイナーのちひろは、変わり者のメンバーたちに圧倒されながらも日々奮闘しています。第6回となる今回のテーマは「1on1」です。
登場人物

和田塚(わだづか)ちひろ
この物語の主人公。新卒入社3年目のデザイナー。わけあって変わり者だらけの開発チームに参加することに。自分に自信がなく、周りに振り回されがち。

御涼(ごりょう)
物静かなプログラマー。チームではいろんなことに気を回すお母さんのような存在。今後もちひろをよく見て助けてくれる。

鎌倉
業界でも有名な凄腕のプレイングマネージャー。冷静で、リアリストの独立志向。ちひろにも冷たく当たるが…

藤沢
チームのリードプログラマー。頭の回転が速く、リーダーの意向を上手くくみ取って、チームのファシリテートにもつとめる。

境川(さかいがわ)
彼の声を聞いた人は数少ない。実は社内随一の凄腕プログラマー。自分の中で妄想を育てていて、ときおりにじみ出させては周りをあわてさせる。

片瀬
インフラエンジニア(元々はサーバーサイドのプログラマー)。他人への関心が薄いケセラセラ。ちひろのOJTを担当していた。
リードプログラマーの迷走
「わー!!」
「どうしたの。朝から雄叫びをあげて」
「これ……見てくださいよ」
私が指さしたディスプレイを、御涼さんは重たいメガネをかけ直しながら見つめにきた。そこには、あるpull requestに対する大量のコメントが並んでいた。異常と言っていい程、ほぼ全行に渡ってコメントがついている。
「これは……藤沢への境川さんのレビューコメントか」
いつの間にか出社していた片瀬さんも私の後ろからディスプレイを眺めていた。
「なんという……」
(子どもじみた、意趣返し……!)
明らかに、前回のミーティングで藤沢さんと境川さんの意見が対立したことが原因なのだろう。
やがて遅れて出社してきた藤沢さんはこの状況を見て、冷静に受け流そうと…するはずもなく、自分のカバンを机にたたきつけて、境川さんの方を全く見ることもなく自分の所定の場所に乱暴に着席した。
「……こんなコードになるのなら、コード書くのやめた方がいいんじゃないか……」
境川さんの投げかけに対して一べつもせず、藤沢さんはがぜんディスプレイに向かい、猛然とキーをたたき始めた。ここからだった。藤沢さんと境川さんの永遠とも思える、果てしないコメントのやりとりが続いたのは。
(大人がする……子どものケンカだ……!)
いつもクレバーな2人がとてもつもなくささいなことに躍起になって、コメントでやりとりをするありさまに、私たちは最初はほほ笑ましさすら感じていたが、やがてそうも言っていられなくなった。
藤沢さんは境川さんとのやりとりに全力を尽くし始めて、今まで担っていたチームのファシリテートや運営に全く見向きしなくってしまったのだ。藤沢さんの理路整然としたファシリテートがなければ、鎌倉さんからのタフクエスチョンには答えられないままだし、勝手気ままなチームメンバーの活動も、ふわっとしていて結果に結びついていかない。
見かねた御涼さんや片瀬さんが、藤沢さんの目を覚まそうと働きかけるのだけど、全く耳を傾けない。チームのリードプログラマーを自認していた藤沢さんのプライドが境川さんのことを許せないでいるのだ。
「ダメだこれは」
「私たちでは聞く耳ないわね。鎌倉さんが1on1でもして話してくれたらいいのだけど、我関せず……」
1on1!それを聞いて、私はあるアイデアが思いついた。
「1on1、それですよ!」
御涼さんと片瀬さんは、首をかしげた。
「まさか、和田塚さんが、藤沢くんに1on1をする?」