自分の方向性を確認する「ふりかえり」と「むきなおり」とは?
レッドジャーニーの代表である市谷聡啓氏はチームや組織におけるアジャイル適応支援を行っており、仮説検証、アジャイル開発、組織アジャイルなどを専門としている。アジャイルに関する著作も多い。市谷氏の知見はどのような経験から得られたものなのか、関心がある読者も多いに違いない。今回は市谷氏のこれまでの道のりをたどってみよう。
さてセッションタイトルにある「それで、あなたは何をする人なんですか」は、市谷氏の著作「カイゼン・ジャーニー」で、大切なことに気づくきっかけとなる台詞だ。この問いは「自分は何者なのか」と言い換えることもできる。市谷氏は「本当はどうしたかったのか。気づいた時に思い出すのではなく、あらかじめ用意しておいて、思い起こすことを決めておくのが大事」とアドバイスする。
思い起こすことを市谷氏は「ふりかえり」「むきなおり」と読んでいる。「ふりかえり」は過去の行動と結果を捉え直して今をかえること。「むきなおり」は向かいたい方向を捉え直して今をかえること。
私たちは気づかないうちに現在の延長線上に進んでしまう。進む先は自分にとっての本意なのかをあらためて検証し、もし違うのであれば本来向かうべき先に方向転換していくのが「ふりかえり」と「むきなおり」だ。
実際、市谷氏もこれまで3度「ふりかえり」や「むきなおり」に直面したことがある。いわばターニングポイントだ。それらは2008年、2014年、2020年に起きた。
エンジニアが自身の経験を超えるためにコミュニティを作る
今から15年前の2008年。IT業界では苦しいプロジェクトを「死の行進(デスマーチ)」と呼ぶことがあった。関係者一同が追い立てられながら窮状のなか仕事を続けていた。当時を振り返り、市谷氏は「とにかく怒っている人たちがいた」と言う。プロジェクトの終わりを常に危ぶみながら、日々を何とか乗り越えるということが続いていた。
そうしたなか市谷氏は「正しいものを 正しく作りたい」という思いを強くした。しかし15年前の市谷氏はまだ経験が限られており、解決策を見いだせずにいた。1人の人間が経験できることは限られている。一生をかけても、稲作ならたかだか60回、ソフトウェア開発ならたかだか300人月だ。それに対して市谷氏が向き合うプロジェクトは数百人月、数千人月なので桁が違う。
「難しすぎる。大きすぎる。自分の時間(経験)を超えるには?」と市谷氏は解決策を模索した。当時市谷氏が読んだ本のなかに「ハンガーフライト」というキーワードがあった。航空機の黎明期、まだ空が未知で危険にあふれていた時代にパイロット同士が格納庫で互いの体験談を共有することで、自分の経験を超えるノウハウを得たという話があった。市谷氏は「ソフトウェア開発で足りないのはこれだ」とひらめいた。
つまり、相互に情報交換できるコミュニティを作ることだ。今では勉強会の開催は難しい話ではないが、15年前はまだ珍しい取り組みだった。まずは「ぼっち」で心細いところからのスタートだった。
必要性を実感すればこそ「多くの人に来てもらいたい」と期待が空回りして、現実はぼっちなこともある。そんなとき市谷氏は「まずは2人目を見つけよう」と言う。自分の考えに賛同する2人目がいないのであれば、必要性がないのかもしれない。しかし独りよがりでなければ「2人目は必ず見つかる」と市谷氏は断言する。そこから始めればいいのだ。逆に人数が増え過ぎて行き詰まってしまったら、2人の頃に戻り再スタートすることもできる。
コミュニティのメリットは2点ある。1点目は学びのポートフォリオを組めること。コミュニティは学びの入口となり、自分で学んだことをコミュニティに還元していく。自分の必要性や興味に応じて参加するコミュニティを広げていけば、それが自分の学びたいことのポートフォリオになっていく。2点目は時を超える仲間が得られること。会社や組織の仲間は結びつきが強いが、組織から出てしまえば薄れてしまう。しかしコミュニティの仲間との付き合いは長く、基本的に終わりがない。コミュニティで出会った人と起業するケースもあり、そうでなかったとしてもいろんな場面で助け合う仲間となる。