23年のエンジニア人生を振り返る! 「強いエンジニア」は35歳までに何をしていた?
23年にわたる紆余曲折のエンジニア人生を送ってきた中川氏。そのキャリアを振り返ると、3つのターニングポイントがあるという。
1つ目の変曲点は、「クビになりかけた&転職大失敗」だ。もともと技術や仕事に対して熱意を持っていなかった中川氏は、「コミュニケーション力と最低限の技術スキルだけで程よく生きていた」そうだ。しかし、そんなエンジニア人生に危機が訪れた。
「その場しのぎの対応では仕事がうまくいくはずもなく、29歳の時に2社目の会社で、プロジェクトチームのメンバーの信頼を損なうレピュテーションリスクを抱えてしまった。配属されていたプロジェクトから追い出され、社内ニート状態になってしまった」
その後はなかなか次のプロジェクトが決まらず、居心地の悪い状態が続いた。嫌気が差した中川氏は、転職エージェントを利用して転職活動を開始したが、これにも大失敗する。30社に応募して書類選考を通過したのは10社、最終面接まで進んだのは3社だったが、オファーはまさかの0社だったのだ。
「まさに全敗」と苦笑いする中川氏は、当時の自分をこう振り返る。
「なぜこうなったかというと、『ちょっとのITスキル』と『元気』しか取り柄が無かったからです。基本情報処理資格やJavaの資格を持っていましたが、同じようなスキルを持つ人は多く、差別化にはなりませんでした。さらに、当時の私はビジネスとしてのコミュニケーションができず、面接官や採用担当に対して頓珍漢な答えをしていました。仕事で信頼を失っているにもかかわらず『まだいける』という謎の自信を持っていたのです。この客観視の甘さが、転職失敗につながったのだと思います」
しかし、このタイミングで中川氏に転機が訪れる。それが2つ目の大きな変化で「強いエンジニア達との出会い」だ。
中川氏が新たにアサインされた職場には、優秀なエンジニアたちだけでなく、データサイエンティストや研究者も多くおり、仕事のレベルが非常に高かった。中川氏を何より驚かせたのは、彼らの日常的な学習の習慣だったという。
「仕事と並行して本を書いたり、ブログを書いたり、趣味でコードを書いたりということがみんなの日常だった。ランチ時や飲み会でもその話題が上がり、『中川さんは何もしていないの?』と驚かれたほど。『え? それって当たり前にやることなんですか?』と聞き返すくらい、自分との意識に差がありました」
このような同僚たちを目の当たりにして、自分はエンジニアとして生き残っていけるのか不安に感じたそうだ。しかし、中川氏はこの環境で「強いエンジニアは3つの良い習慣がある」ことに気づいた。
1つ目は「技術系スキルの鍛錬」だ。大量にコードを書く、本を読む、勉強するなどがこれに該当する。
2つ目は「技術者ネットワーク」、つまりコミュニティ活動のことだ。これにより、社内外のエンジニアコミュニティからさまざまな知識や情報を得ることができる。
そして3つ目は「継続的なアウトカム」だ。「技術系スキルの鍛錬」と「技術者ネットワーク」で得たものを成果として出していくことを表している。継続的にエンジニアリングを行い、つながりを作り、それらを仕事や趣味のアウトカムにつなげるサイクルの大切さを、強いエンジニアたちから学んだと、中川氏は力説する。
強いエンジニアたちに触発された中川氏は、優秀なエンジニアたちを真似てMacBookを買い替え、週末や仕事終わりにプログラミングや読書を通じて、技術系スキルの鍛錬を行うようになった。「周りの人たちが本当に楽しそうにやっていたので、ちょっと面白そうだな、自分も手を出してみよかと思って始めた」と中川氏。
学習を進めるだけでなく、ネットワークづくりのためにさまざまなコミュニティに参加し、名刺交換の代わりにLT(ライトニングトーク)も始めた。「見よう見まねでやってみた結果、『中川さんっていう面白い人がいるよ』と徐々に仲間が増えていった。その仲間たちと情報交換や相談をするなど、いい関係が築けました。会社の強いエンジニアに刺激を受けて行動したことで、良い循環が生まれたのです」