ロールは「与えられるもの」ではなく「担いにいくもの」
EMやテックリードといったロールには、明確なキャリアパスが存在しないことも多い。次のテーマでは、2人がどのようにしてその役割を担うようになったのか、その経緯が語られた。
村本氏が現在テックリード的な立場で開発をリードするようになった背景には、チームの危機的な状況があった。「Loglass 人員計画」の立ち上げを牽引していたエンジニアが、新たな新規事業の立ち上げを担うために、チームを離れることになったのだ。
蓄積された知見や行動力を同時に失う不安は大きく、「自分がやらなければ」と判断した村本氏は、当時のマネージャーにその意志を伝えた。役職としてのテックリードが用意されていたわけではないが、自然な流れの中で周囲の期待を引き受けた結果として、現在の役割を体現するようになっていったという。
一方、塩谷氏もまた、マネージャーのポジションが最初から与えられていたわけではなかった。入社時は開発エンジニアとしてスタートし、プロダクトがリリースされた後、フィードバックを受けながら改善フェーズに移行する中で、次第にマネジメント的な視点が求められるようになった。
タスクの優先順位を定め、他チームとの連携を取り、長期的な判断を下す場面が増えていく。その中で、塩谷氏は「100%コードを書くよりも、チーム全体の動きに目を配るほうが、長期的に見て事業に貢献できる」と感じ、徐々にマネジメントの比重を高めていったと振り返る。
2人のエピソードから浮かび上がるのは、役割は与えられるものではなく、必要なときに自ら手に取りにいくものだという考え方である。環境の変化やチームの状態に応じて、自らの責任範囲を広げていく中で、自然とロールが定まっていくこともあるのだ。
話題は次に、「そのロールを担ってみて、実際にどう感じたか」へと進んだ。
塩谷氏がまず挙げたのは、プルリクエストを出さなくなったことによる実感の変化だった。以前は毎日のようにコードを書き、成果が手触りとして実感できていた。しかしマネジメントに移行してからは、直接的な成果が見えづらくなり、「自分は本当にチームや会社に貢献できているのか」という不安に直面したという。
マネジメントの成果は即時にフィードバックが得られるものではない。だからこそ、自己効力感の揺らぎに戸惑う。率直な共有に小田中氏は強く共感し、会場からも同意のうなずきが多くみられた。
一方、村本氏は「責任の捉え方」が大きく変わったと振り返る。前任者がチームの出力を最大化し、目標に向けて行動を促していた姿を間近で見て、「その穴をどう埋めればよいのか」と悩んだ。迷いながら1on1で前任者に話を聞いた際に返ってきたのは、「この事業がうまくいかなかったら、それは自分の責任だと思っている」という一言だった。
その言葉に触れた瞬間、村本氏の中で意識が切り替わった。「自分がシステムの責任を持ち、事業の成長を阻害しないようにする」ことが、自分の役割なのだと腹落ちしたのだ。設計の妥当性、リリースの安定性、マーケ施策との連携――そうした全体の成否が自らの判断にかかっているという実感が、次の行動を明確にしてくれた。
「プレッシャーは大きいですが、その中にも面白さがある」。村本氏の言葉には、責任を引き受けることに対する覚悟と、そこに見いだしたやりがいがにじんでいた。
その語りを受け、小田中氏は「成果がすぐに見えない仕事において、やりがいをどこに見出すか」という問いを投げかける。
まず応じたのは村本氏だ。村本氏にとってやりがいとは、「自分が手を打ったことで、事業が前に進んだと実感できる瞬間」。疎結合なシステム設計を通じて新たな挑戦が可能になったとき、あるいは困難な設計課題を乗り越えてチームの動きがスムーズになったとき、ふと「あのとき、こうしておいてよかった」と思える。その手応えが次の挑戦へのエネルギーになる。
塩谷氏は、マネージャーとしてのやりがいを「チームが一丸となって目標を達成できたとき」と語る。ログラスでは四半期ごとにムーンショットともいえる高い目標を掲げており、それに向けてメンバーがまとまり、大きな成果を出したときの喜びは格別だという。
もちろん、その背景には地道な積み重ねがある。スクラムイベントでの問いかけ、1on1での対話、行動への落とし込み。そのひとつひとつがチームの前進を支えている。さらに塩谷氏は「マネージャーのやりがいは、長期的な成果だけでなく、日々の小さな変化の中にもある」と続ける。メンバーの表情、挑戦に向かう意志、小さな失敗の中にある学び。そうした細やかな変化を見守る時間こそ、マネージャーとしての喜びにつながっているという。
この発言に小田中氏が「村本さんにも、そういった瞬間はありましたか」と問いかけると、塩谷氏は、村本氏が新たな挑戦に向かうときの表情に「いい顔をしているな」と感じたエピソードを明かした。これを受けた村本氏は、「そういうふうに思ってもらえていたなんて」と照れくさそうに微笑み、会場にはやわらかな空気が流れた。
