本記事は『エンジニアリングマネージャーお悩み相談室 日々の課題を解決するための17のアドバイス』の「お悩み10 ネガティブなフィードバックができません」から一部を抜粋したものです。掲載にあたって編集しています。
ネガティブなフィードバックができません
Dです。先日のアドバイスを受け、チームの成果を最大化するというマネージャーの使命に改めて向き合おうと、チームでもう一度目標について考える会を設けてみました。結果的にはメンバーの士気が大いに高まり、積極的な提案やサポートが自然に生まれるようになりました!
ところが、3ヶ月ほど経過した今、当初の熱気がだんだんと薄れてきたように感じています。みんな意見を出し合うことには慣れてきた気はするのですが、そのせいか、テックリード格のZさんが、ほかのメンバーの提案に『それ、本当にやる意味ありますかね』といった否定的な切り返しをすることが増えました。
会議の場でもZさんが自身への指摘に不機嫌な表情を見せ、周囲はそれ以上言えない、といった光景がたびたび見受けられます。
最近では、ほかのメンバーからZさんのことについて1on1で相談されることもあり、そろそろ私から直接フィードバックをしなければいけないのでは、と考えるようになってきました。
ただ、ネガティブな指摘をする場面は自分にとっても大きなプレッシャーがあり、どのように切り出すのが適切か迷っています。メンバーとの関係性やチームの士気を損なわずに、どのようにZさんへアプローチすればよいのでしょうか。
人や人格ではなく行動に対してフィードバックしよう
ネガティブなニュアンスを持つフィードバックを伝えることに対して戸惑いやプレッシャーを感じているというお悩みを寄せていただきました。フィードバックしたいものの、内容が内容だけに『相手を傷つけたくない』『どう伝えたら納得してくれるだろう』などを考えだすと、はじめの一歩を踏み出せなくなってしまいますよね。
はじめに強調しておきたいのは、フィードバックは決して相手を責めるための行為ではなく、チームの成果を最大化するうえで必要なコミュニケーションだということです。『この指摘は不快に思われるかもしれない』『とりあえず穏便に済ませたい』などの懸念や逡巡が生じるのは自然な感情の動きですが、逆にきちんと伝えられないことによって、余計にこじれてしまう未来もあります。
Zさんのそうした振る舞いの意図が、周りの士気を下げることにあるのではなく、率直な意見を出して議論を前に進ませることにあるとすれば、意に反してどんどんと周りから意見が出てこなくなっている現状を、Zさんは同じように課題に感じているのではないでしょうか。
自分の行動に蓋をしている原因を探す
人や人格ではなく、行動に対してフィードバックしよう、というのはいささか手垢のついた言い回しですが、いざ実践しようとすると意外と難しいものです。実際に、相手に対していつどんな伝え方をすればよいのかを逡巡しているうちにタイミングを逸してしまう、というケースは多々あります。とはいえこの場合、事実として表出しているのは、何の反応も起きていないことのみです。
こうした状況では、反応がないという事実を、Zさんは自分の振る舞いや発言を周囲が認めてくれているからだと捉えても不思議ではありません。これは双方の認識に齟齬があるため、Zさんにとっても、ほかのメンバーにとっても、よい状況とはいえません。
ここで最も避けたいのは、期中には何もフィードバックができずに期末の評価のタイミングで、あなたからZさんへ『実はあなたの行動に問題があったので、評価を下げています』と突然言い渡してしまうことです。
私はこれをびっくり評価と呼んでいます。Zさんにとっては、よかれと思ってやってきたことを全て否定されるに等しいフィードバックになってしまいます。これではZさんのモチベーションを大きく削ぐことは間違いありませんし、結果としてチームの士気を下げることにもつながるでしょう。
遠慮のもとを明らかにしてみよう
ではなぜ私たちは、そうした未来を避けたいと思っていたとしても、相手にネガティブなフィードバックを伝えにくいと感じるのでしょうか。それはおそらく『相手を嫌な気持ちにさせるだろうし、それを見た自分はさらに嫌な気持ちになるだろう』という、伝え手から見たネガティブを避けたい気持ちが下敷きとなっていることが多いのではないでしょうか。
あなたから見て、Zさんの普段の言動は、メンバーのちょっとした指摘にもややネガティブに反応してしまうように感じますか? はたまた、本人にその気がなくても、周囲に圧をかけるような発言をすることが多いでしょうか。だとすると、あなたは『こんなことを言ったら、絶対嫌な顔をされてしまうな』と、相手にネガティブな感情を抱かせてしまうことだけでなく、それによってあなたがネガティブな感情を抱くことの双方に対して身構えてしまっているのではないでしょうか。

とはいえ、これらはあなたが実際に行動に起こすまで、想像の中で起きているできごとにすぎません。実際に伝えてみたら意外ととっても感謝された、という未来もあるでしょうし、逆に自分としてはポジティブな内容を相手に伝えたつもりなのに、相手の顔がどんどん曇っていく……なんてこともあるでしょう。
もちろん伝え方の工夫は必要ですが、本来のフィードバックそのものは相手がポジティブ・ネガティブのどちらで捉えるかは分からないはずです。そうであるならば、伝える手前で悩んでしまうということ自体が、課題の本質から逸れてしまっているといえるでしょう。
また、『せっかくならZさんにも楽しく働いてほしい』という配慮があなたにブレーキをかけている可能性もあります。特にテックリードのような中核のメンバーがモチベーションを失ってしまうことは、チーム全体にとって大きなダメージになりえます。重要なリリースの直前などであればなおさら、短期的にスループットが下がるのを懸念して、『今はタイミングではないかも』と指摘を先送りすることもあるかもしれません。
しかし、そうして波風を立てないためになにもしないでいると、Zさんの否定的な振る舞いが、暗黙のうちに容認されている状態になり、Zさんとほかのメンバーとの間で対立がより深まってしまう可能性もあります。今のチームで成果を出していくためにも、なんとか状況を改善したいところです。
相手の行動=起きた事象のみにフォーカスしよう
改めて、今回のフィードバックのゴールを『相手にノーを突きつけなければ』と気負うのではなく、『行動に対しての認識を互いにすり合わせたいのだ』と捉え直してみましょう。「Zさんと一緒にチームの成果をより大きく上げるために、今の行動が引き起こしている影響を観察し、次の一手を一緒に考える」とも言い換えられます。
一度『相手に分かってもらわなければ』『説得しなければ』と思い込んでしまうと、言葉や表情にも刺々しさが出てしまい、本来の目的である、チームで成果を出すことから外れてしまいます。ただの批判大会で終わらせてしまうのではなく、私たちは同じ目標を見ている仲間であるという前提をお互いに再確認したうえで、その行動は目標にどう影響したのかについて話し合う姿勢で臨みましょう。
Zさん本人がリーダーシップや技術力に誇りを持っているのであればなおさらです。自身の否定的な発言で周りを萎縮させている実態は望んだものではないはずですし、あなたに頭ごなしに否定したい意図がないと分かれば、『よかれと思ってやっているんですが、どうにも空回りしているように感じるんですよね』などと解決のきっかけを投げ返してくれることでしょう。
フィードバックを切り出すタイミングも重要です。伝えるのは、お互いが具体的な事象を思い出せるタイミングがベストです。ただし、全員がいる場で即時に伝えるのがよいか、個別に話をするのがよいかは、状況によって変わります。
今回は、Zさんの発言が気になってから少し期間が空いているようですので、チームの集まりにおいていきなり話を持ち出すには、いきなり何の話? と驚かれてしまうことでしょう。まずは直近の事象から当人が具体的なシーンを覚えているうちに、1on1などで切り出してみましょう。
相手の解釈を推論のはしごを使って聞いてみよう
たとえば、『先日のチームミーティングで、○○さんが提案を出したときにあなたが取った反応について気になりました』などの切り出し方は、相手を『これから否定が始まるんだ』と身構えさせてしまうことがあります。
些細な違いですが、『先日のチームミーティングの○○さんの提案を、Zさんがどう捉えたのかを教えてほしい』という質問に変えてみましょう。Zさんがどう考えているのか、どういう意図でそのような態度を取ったのかをしっかりと聞く姿勢を伝える、ということです。以前触れた推論のはしごを手がかりに、以下のことについて明らかにしてみましょう。
- Zさんが把握した事実
- Zさんの解釈
- Zさんが期待した結果
- そのために取った行動(=否定的な意見)
- 実際の結果
これによって、『発言だけ聞くと否定的に思えたけど、その背景があればみんなの捉え方も変わるかも』のように、行間が見えてくるはずです。Zさんと一緒にはしごを作ってみながら、それぞれのステップで「こう捉えてみたらまた行動が変わっただろうか」と確認しながら話すのも有用です。

たとえば、Zさんは『議論を前に進めるためには、たとえそれを否定する意見であっても、闊達に出し合ったほうがよりよい結論が出せると思っているので、否定的な意見を出しました』など、あえて厳しい問いかけをしているのだとします。ところが実際には、それがあまりにも正論で、周囲は適切な切り返しを思いつけず、発言をためらう状態になってしまいました。
それを見たZさんが、推論のはしごを駆け登ってしまうと、『もっと議論が深められると思ったら、いつも尻切れになってしまう。みんなはこれといって意見がないのかな? 意見がないということは、やる気がないということなんだろうか』というように、深刻なすれ違いが起きてしまいかねません。
このように、Zさんの一連の行動が、よりよい結論を出したい、チームでよい成果を挙げたい、というモチベーションから来ていればこそ、頭ごなしに否定するのはZさんの出鼻を挫いてしまうことになります。
この場合は、まずは一通り意見を出し切る発散のフェーズと、そこからよりよいものを精査する収束のフェーズに分けて議論をしてみるなど、個人の気持ちを変えるのではなく仕組みを整える方向で次のアクションを考えることによって、建設的な議論の方向づけができます。とはいえ、『それ、本当にやる意味ありますかね』という言葉を受けて、ほかのメンバーが発言をためらってしまった、という結果自体は事実です。
『伝え方にも工夫の余地があるので、相手にとって受け止めやすい伝え方を探してほしい』というフィードバックを、ぜひあなたの言葉にして伝えてみてください。あなた自身の感じたことや提案を、行動に絞って伝えるのです。『あなたのせいで周りが意見しにくくなっています』だと、具体的に何の行動に対してのフィードバックかが曖昧になってしまいます。
それよりは、『○○さんが新しい提案をしたときに『そんなのやる意味ないでしょ』と発言した場面で、○○さんはそれをすぐに取り下げてしまい、議論がそれ以上発展しませんでした。Zさんが目指していた、様々な意見を闊達に出し合うという機会を、あの発言によって逃したかもしれないと考えています。
そこで、活発に議論を行うために、相手が受け止めやすい伝え方にアレンジしてみるのはどうでしょうか』といった具合に、起きた事実とあなたの解釈を順番に伝えましょう。こうやって具体的に伝えると、Zさんも自分の発言の効果を客観的に捉えやすくなるはずです。
このように、行動に着目し、その行動がチームのゴールに対してどう作用しているかを軸にフィードバックを組み立てれば、相手にも建設的に受け止めてもらいやすくなるでしょう。人格や性格といった、捉えにくいものに対してフィードバックしようと考えるより、ずっとハードルが低く、認識の齟齬も起きにくいはずです。
Zさんの持っている専門性や高い問題意識をうまく活かしつつ、みんなで高め合える関係を作るために、相手の視点を聞く→自分の受け止め方を伝える→一緒に改善策を考えるという流れを意識しましょう。
フィードバックを日常に溶け込ませよう
フィードバックという言葉に、どうしても肩肘張ったイメージを抱いてしまう人は少なくありません。マネージャーが正式な場で厳かに伝えるものだったり、あるいは相手の失敗を責めるためのツールだったり……といった先入観があると、『さて、フィードバックをしよう』と思った瞬間に身構えてしまいます。ですが、本来はそれほど大げさなものではなく、少しでもいい方向へ変化させるために、気づいたことを伝え合うコミュニケーション手段のひとつにすぎません。
あるチームの例では、デイリースタンドアップと呼ばれるような日次の短い時間のチームミーティングで、感謝や困りごとをお互いに投げかけ合う習慣を取り入れていました。そこでは大きな問題だけでなく、『昨日○○さんが書いてくれたドキュメントが分かりやすかった』『このPull Requestで解決したい課題が分からなかったので、参考情報を貼ってほしい』などのちょっとした声掛けも歓迎されます。
最初は照れくさそうだったメンバーたちも、日々続けるうちに『あれ? これがフィードバックなのか』と自然に理解し始め、次第に相手に対して感じたことをタイムラグなく伝えられるようになっていったのです。こうして小さなことをなんでも出し合う内に慣れてきて、フィードバック=重大で重苦しいイベント、という先入観が和らぎ、いつもの会話の延長線上で気づきを共有できるようになるでしょう。