波の分解
ここまでは「二つの波を合成して、複雑な波を作る」プロセスを見てきました。
しかし、実務のデータ分析で求められるのはその逆、つまり「目の前にある複雑なデータ(波)を、個別の要因(もとの波)へと分解する」作業です。本来、これは大学数学の「フーリエ変換」という領域ですが、実はこれまで学んだ高校数学の知識だけで、その本質を理解することができます。
仮説を立て、調査の波を送る
波を分解する際の強力な武器になるのが、先ほど学んだ「波の掛け算」です。例えば、原因不明の変動を繰り返す海面のデータ(波A)があるとします。そこに、自分が原因ではないかと疑っている特定の周期を持つ「調査用の波(波B)」を掛け算してみるのです(図10)。
このとき、数学的に非常に興味深い現象が起こります。
(1)リズムが一致した場合(A=B)
和積の公式の性質により、数式の中に「1」という定数が現れます。すると、グラフ全体がプラス側(正の領域)に大きく持ち上がります。これは「ビンゴ!その周期がデータの中に隠れている」というサインです。
(2)リズムが外れた場合(A≠B)
波はプラスとマイナスを激しく行き来し、長い期間で合計(積分)すると互いに打ち消し合って「ゼロ」になります。つまり「その周期は関係ない」ということがわかります。
「すでに複数の波が混ざっている合成波に対して、そんな単純な比較ができるのか?」と疑問に思うかもしれません。実際、合成波と調査波を掛け合わせると図11の式になります。
しかし、この式を分解してみると、結局は「無関係な波との掛け算(=合計すると0になる)」と「同じ周期の波との掛け算(=プラスの値として残る)」の足し算であることがわかります。
つまり、どんなに複雑に絡み合ったデータであっても、特定の「調査波」をぶつけることで、その成分が含まれているかどうかをあぶり出すことができるのです。これこそが、データの中に隠された「周期性」を見つけ出すための、最も基本的で強力な原理です。
実際のデータが示す意味を検証してみる
この「同じリズムならプラスに浮かび上がり(図12)、違うリズムなら打ち消し合って消える(図13)」という性質こそが、分析の決定的な鍵となります。
また、周期がわずかに異なる波(例えば太陽と月など)を掛け合わせた場合、図14のようになります。波のうねり方は変わりますが、「長期間で合計するとゼロに近づいていく」という本質的な性質は変わりません。
これを利用すれば、実務でのデータ分析は次の手順で進めることができます。
- 手元にある「複雑なデータ」を用意する。
- さまざまな周期の「調査波」を、次々とぶつけて(掛け算して)いく。
- 合計値が「大きく跳ね上がったポイント」を探す。
その跳ね上がった場所こそが、「データの中に隠れている真の原因(周期)」なのです。
これは、高度な数学である「フーリエ変換」の本質を、コンピュータによる「総当たり調査」という直感的な手法で解釈した姿です。三角関数という道具を使えば、一見デタラメに見えるデータの山から、特定の「意味」を鮮やかに抽出できるのです。
この結果が示す直感的な理解
波の掛け算とは、いわば二つの波による「二人三脚」、あるいは「ブランコを背中から押す行為」のようなものです。
ブランコに乗っている人をより高く揺らそうとするとき、あなたはどうするでしょうか。きっと、相手が前へ進もうとする絶妙なタイミング(リズム)に合わせて、背中を押し続けるはずです。もし、あなたの押すリズム(調査波)と、ブランコの揺れ(対象データ)がぴったり一致していれば、小さな力でも振幅はどんどん大きくなり、プラスの成果として蓄積されていきます。
これが物理学で言うところの「共鳴」です。データの中に自分と同じリズムが眠っていれば、「掛け算」というアクションを通じて、その存在がエネルギーとして力強く浮かび上がってくるのです。
一方で、ブランコが戻ってくるタイミングで押してしまったり、デタラメなリズムで手を出したりすれば、勢いを打ち消し合うだけでブランコは一向に高くなりません(合計がゼロになる)。
データ分析とは、この「共鳴」という現象をデジタルの世界で再現し、複雑な結果の中に隠れた「原因」を探し出す作業なのです。
数式の理解からイメージでの理解へ
今回は和積の公式など多くの数式を扱いましたが、本当に大切なのは数式を解く「計算力」ではありません。数式という言語の裏側に隠された、「形状」や「傾向」を直感的に見抜く力です。
「この複雑な動きには、きっとあの周期が隠れているはずだ」というあなたの直感を、論理的なイメージに変換するための橋渡しとして数学を利用してほしいのです。
データ分析のゴールは、単に正しいシミュレーションを行うことだけではありません。むしろ、整然とした数学のモデルを「定規」として当てることで、そこからはみ出す「違和感(原因)」を浮き彫りにすることにこそ、その真価があります。
最後に
三角関数の基本から、太陽と月が織りなす「うなり」の正体までを見てきました。
ビジネスの現場においても、売上トレンドや戦略の成否は、季節、気温、あるいは生活習慣といった「目に見えない大きな周期」に深く依存しています。
私自身、ITエンジニアとして歩み始めた頃に、数学をこのような「現象を読み解くレンズ」として知っていれば、世界はもっと違って見えたはずだという思いで本稿を執筆しました。
次回は、いよいよ「微分・積分」の世界へ踏み込みます。今回の「波を分解し、値を合計して蓄積していくプロセス」が、実は積分の入り口であったことに気づいた方は、すでにデータ分析の本質を捉え始めています。どうぞお楽しみに。
