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CodeZine編集部では、現場で活躍するデベロッパーをスターにするためのカンファレンス「Developers Summit」や、エンジニアの生きざまをブーストするためのイベント「Developers Boost」など、さまざまなカンファレンスを企画・運営しています。

CodeZine 20周年企画

25年の航海を経て、エンジニアは「ビジネスの主役」へ──漆原茂氏が語る、技術者の哲学とAI時代の羅針盤

 2025年、CodeZineは創刊20周年を迎えた。時を同じくして、ウルシステムズは創業25周年という節目にULSコンサルティングへと社名を変更。その中心には、常に一人のエンジニア、漆原茂氏の姿があった。2003年開催の開発者向けカンファレンス「Developers Summit」の第1回から登壇し、一貫してエンジニアの可能性を発信し続けてきた同氏に、この25年の変化と不変の哲学、そしてAI時代に「エンジニアが真に主役となるため」の道筋を聞いた。

創業期から伝え続けた「現場のリアル」と哲学

──漆原さんは2003年のDevelopers Summit(デブサミ)第1回から「最近の泥臭いJava事例」というテーマで登壇されています。当時、創業間もない起業家として、どのようなメッセージを伝えたかったのでしょうか?

 当時も今も変わりませんが、新しい技術がブームになると、技術側が前に出すぎて「本当にそれは役に立っているのか」という状況が生まれがちでした。オブジェクト指向やモデリングといった技術が「やりたいこと」として先行し、お客様のビジネスへの貢献という視点からかけ離れてしまう風潮があったのです。

 だからこそ、あえて逆説的に「泥臭さ」をテーマにしました。「実際に社会実装しようとすると、そんなことを言っていられない場面がたくさんあるはずです」と。その泥臭い部分をどう乗り越えるかこそがエンジニアに期待されていることであり、そこをきちんとやらないとお客様にご満足いただけない。そうした警鐘を鳴らしつつ、現場で汗をかいている皆さんであれば共感していただけるだろう、という思いがありました。

ULSコンサルティング株式会社 取締役会長 漆原茂氏

ULSコンサルティング株式会社 取締役会長 漆原茂氏

上場企業を経営しつつ、毎晩コードを書きながら寝落ちするエンジニア。アーキテクチャやクラウド設計、生成AI、大規模分散システム、超高速処理が大好き。東京大学工学部卒、1989年より2年間スタンフォード大学コンピュータシステム研究所客員研究員。2000年にウルシステムズ(現 ULSコンサルティング)を創業、2006年に上場。独立行政法人情報処理推進機構の未踏アドバンストプロジェクトマネージャー、一般社団法人Generative AI Japanの設立発起理事も務める。2025年10月にはAI駆動開発コンソーシアムを共同で設立した。先端技術とスタートアップを心から敬愛している。

──まるで今の話を聞いているかのように、色褪せないメッセージですね。講演の反響はいかがでしたか?

 デブサミ第1回での登壇の反響はすごかったですね。それだけ、多くのエンジニアが技術は好きだけれども、「オブジェクト指向で開発したことが、果たして役に立っているのか?」という理想と現実の距離感に、誠実であればあるほど気づいていた方が多かったのだと思います。

 CodeZineやデブサミは、技術の理想的な話だけでなく、社会実装する側がそれだけでは済まない工夫をしていることをずっと取り上げています。会社の枠を超えて、誰に臆することもなく、私たちはこういう工夫をして、こういう失敗をしました、ということをさらけ出していい場。だからこそ、そのような話を聞きたがっている方が非常に多かったのだなと感じました。

──2005年からはデブサミのコンテンツ委員も務められました。20年前のデブサミと今を比べて、最も大きな変化と、逆に変わらないことは何だと感じますか?

 最も大きな変化は、テーマが非常に広がったことですね。技術の進化がそのままコンテンツの進化に繋がっていますし、初回の頃はベンダー側が主体でしたが、今やユーザーサイドの登壇や会社の垣根を越えるようなコンテンツが増え、よりコミュニティ感が増していると感じます。

 変わらないのは、「会社の枠を取り払った、フラットな関係でのプレゼンテーションや、参加者との距離感」です。これはずっとデブサミの良いところだろうと思っています。大小さまざまなコミュニティの人たちがみんな参加できる、あのダイバーシティ感は素敵ですね。社外から組織されるコンテンツ委員とともに「この人は面白い」という情報を広く集めて形にしているのがデブサミの強みではないでしょうか。

社名変更に込めた「変わらぬ思い」と「新たな決意」

──次に、漆原さんご自身の歩みについて伺います。2000年の創業時、どのような思いで起業を決意されたのでしょうか?

 2000年頃、私はエンジニアとして「どう見てもお客様に対して100%の力を出し切れていない」とものすごく悩んでいた時期がありました。エンジニアはもっとビジネスサイドや社会実装の場で活躍できるはずなのに、うまくいかない。その奇妙な構造を何とかしたいとずっと思っていたのです。色々考えて、実現できる場を探しもしたのですが、むしろ自分で挑戦すべきだろうと。要は、自分の居場所は自分で作るしかないと思い、会社を立ち上げました。

──創業から25年が経ち、「ULSコンサルティング」へと社名変更されました。創業時の思いについて、「変わったこと」と「今なお変わらないこと」を教えてください。

 変わったことは、ビジネスサイドとテクノロジーの距離が当時より格段に縮まっている点です。2000年当時は情報システム部門が業務を電子化するという形でしたが、今やデジタル技術でビジネスをどうスケールさせるか、新しい事業をどう作るか、というのが当たり前の時代になっています。だからこそ、エンジニアが最前線で活躍できる場面が増えています。

 変わらないのは、「優れた技術チームが集まり、お客様から非常に難しく価値の高い、ビジネスへの影響が大きい仕事を一緒にできる場を作りたい」という思いです。私たちは技術が好きで、それを社会実装することに喜びを見出す人間。だからこそ、「エンジニアの、エンジニアによる、エンジニアのための会社」を作りたいという思いは、全く変わっていません。

──社名変更には、どのような決意が込められているのでしょうか?

 25年という節目を迎え、「漆原が率いる会社」という段階から、より大きなチームで、多くの人が関わる事業体へと進化すべきタイミングだというのが一つ。もう一つ非常に重要なのは、「技術屋が本気でビジネスサイドに入っていく」時代が到来したということです。「技術屋だからビジネスは他に任せる」と言い訳するのではなく、私たちの存在意義は、お客様のビジネスのため、現場のユーザーさんに喜んでいただくためにこそあるんです。言い訳をなくし、本気でビジネスに寄り添う、ともに歩んでいく、という決意を込めて、社名変更に至りました。

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技術トレンドの波を乗りこなす「目利きの極意」

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この記事の著者

近藤 佑子(編集部)(コンドウ ユウコ)

株式会社翔泳社 CodeZine編集部 編集長、Developers Summit オーガナイザー。1986年岡山県生まれ。京都大学工学部建築学科、東京大学工学系研究科建築学専攻修士課程修了。フリーランスを経て2014年株式会社翔泳社に入社。ソフトウェア開発者向けWebメディア「CodeZine」の編集・企画・運営に携わる。2018年、副編集長に就任。2017年より、ソフトウェア開発者向けカンファレンス「Developers...

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ミヨグラフィ(ミヨグラフィ)

フットワークが窒素よりも軽いフリーランスフォトグラファー。ポートレート、取材、イベントなど主に人物撮影をしています。英語・中国語対応可能。趣味は電子工作・3Dプリント・ポールダンス。 Webサイト

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