革新的技術の歴史が示す、ソフトウェアの役割
AIの話はもうお腹いっぱい——そんな空気を読みつつも、藤倉氏はあえてタイトルにAIを掲げてこのセッションに臨んだ。Sansanに15年在籍し、一エンジニアから部長・CTOまでを経験。フィリピンで開発子会社を立ち上げた後、2年前にキャディ株式会社のVP of Engineeringに転じた藤倉氏が問うのは、AIによる変化の本質についてだ。
AIの台頭を考える上で、藤倉氏はまず「私たちが作るものの価値はどう変わるのか」という問いから入る。汎用AIが発達すれば「一般的なソフトウェアの価値は減るのではないか」という議論がある。"SaaS is dead"というフレーズがウェブ上で散見されるように、自分たちが携わるプロダクト開発の存在意義に疑問を抱くエンジニアは少なくない。
藤倉氏の答えは、人類の技術史への視線から導かれる。蒸気機関、電力、内燃機関、インターネット……革新的な技術が生まれるたびに、まず起こるのは「人間の作業の代替」だった。蒸気機関が工場の動力になった時、人間の手作業は置き換えられた。しかしそれだけでは経済的インパクトはマクロには小さかった。電力の時代も、蒸気機関を電気モーターに置き換えただけでは大きな変化は生まれなかった。工場のラインを根本から組み替え、サプライチェーンのあり方まで変えることで、初めてその技術の経済的価値が爆発した。
「AIも同じ構造をたどるはずだ」と藤倉氏は考える。AIがどれだけ精度を上げても、すぐに使える業界と工夫が必要な業界のグラデーションは必ず存在する。そのグラデーションの間を埋めていくのが、ソフトウェアであり、私たちの仕事だ。「SaaS is dead」ではなく、AIを前提とした法律や組織の考え方、PL(損益計算)の構造が変わっていく中で、その変化に対応するソフトウェアが生まれていく——藤倉氏はそう見立てている。
「AIが経験値まで代替」する時代に、エンジニアに残る仕事の核心
エンジニアの仕事の変化について、藤倉氏は自身の27年間のキャリアを軸に語る。1999年に社会人になった頃、Google検索の精度は驚くほど低く、専門知識をどれだけ持っているかがエンジニアの価値そのものだった。月に5〜10冊の専門書を買い、引っ越しのたびに荷物になるほど本を積み上げていた。インターネットの発達により知識を「持つこと」の価値は消えたが、経験による知識、例えば「こういう場面ではこうするべき」「このエラーは見たことがある」などはなかなかネットでは手に入らず、経験値には依然として価値があった。しかし今、AIはその経験値すら代替し始めている。
残るのは何か。藤倉氏は明確に言う。「何を作るべきかを考えること、作るかどうかを判断すること、どの技術を使うかを判断すること、そして最終的にその結果に責任を持つこと」だ。これらは昔から必要だったスキルだが、その周りにあった多くの要素、例えばコーディングの速さ、設計の巧みさ、豊富な知識量が取っ払われた結果、判断と責任だけが際立って残っている状態になりつつある。
