それがデジタルインク標準化技術「WILL(Wacom Ink Layer Language)」である。WILLとはどのような技術なのか。デジタルインクの特徴、さらには入力者の識別が可能なスタイラスペン固有のIDである「ペン ID」とともに、ワコム タブレット営業本部マーケティング部テクノロジーマーケティンググループマネジャーの新村剛史氏が解説した。
デジタルインクは大きな変革、見た目以外の情報を付与し付加価値を高める
3万年前の壁画の時代から記録媒体はパピルス、木簡、紙に変われども、インクの本質は変わらなかった。しかしタブレット端末の登場により、アナログインクからデジタルインクに変わったことは「大きな変革だ」と、新村氏は言う。
ではどう変わるというのか。アナログインクとデジタルインク、さらにはアナログメモとデジタルメモの違いについて次のように説明を続けた。
アナログインクは、ペン側にインクを持ち、記録媒体にこすりつけることで記録する。一方デジタルインクは、ペンとパネルの間でやり取りされる情報をもとにソフトウェアがインクを再現する。ここで新村氏は「今から出発します 新村剛史」と同じ文言が書かれたアナログメモとデジタルメモを提示し、参加者に「この2つのメモはどう違うか」と質問を投げかけた。確かに見た目は同じ文字。しかし新村氏は「紙とデバイスという異なる記録媒体であること以上に、両者には大きな違いがある」と言う。「デジタルメモは視覚情報以外の情報を持つからだ」(新村氏)。メモを書いたのはいつか(時間情報)、どこで書いたのか(位置情報)、他の人が後から書き足していないか、この署名は本当に本人のものなのか(筆跡鑑定)、などのデータも取得できる。それだけではない。書いたスピードや加速度も残すことができる。つまりインクのデジタル化は「インクにさらなる付加価値を与える」(新村氏)ということだと言うのである。
新しいデジタルインクプラットフォーム「WILL」とは
タブレット端末の企業への普及により、今後さらに、デジタルメモの活用が本格化していくことが要される。そのような時代を見据え、ワコムでは新しいデジタルインクのプラットフォーム「WILL」を開発している。WILLはOS、デバイス、アプリケーションの壁を超えて利用、共有することのできるデジタルインクの新しいプラットフォーム。
現在、異なるデバイスやOSでデジタルインクのデータを開くには、画像データとしてやり取りすることが一般的となっている。しかしこれだと、先述したような位置情報や時間情報などのインクデータは活用できない。「WILLはインクのストロークデータを管理している。しかもWILLはメモした部分のインクデータだけを切り出してやり取りする。「だからデジタルインクのデータはクラウドを通じてどのアプリでも共有できるようになる。しかもデータ容量も小さい」という。
WILLはSDK(開発キット)として提供される。WILLのSDKは、ライブラリ、ドキュメント、サンプルで構成する。ライブラリは、入力方法を選ばず高品位なデジタルインクを実現する「Ink API」、インクのレンダリングエンジン「Ink Engine」、OSに関わらず共有できる標準インクデータ・フォーマット「Inkdata Format」を用意している。
WILLの具体的な特徴は「大きく4点」と新村氏。第1の特徴は「美しい筆跡」である。ここでどのぐらい美しく文字が描けるのか「iOSやWindows 8、Androidなどに標準搭載されている手書き入力と比較してみたい」と新村氏。iOSでは曲線がなめらかに書けないという。「筆跡のポイントをピックアップする周期が粗いためにどうしてもカクカクしてしまう」のだそうだ。Windows 8やAndroidは、曲線は比較的滑らかに書けるものの、「はらい」の部分が滑らかにならないという。一方、WILLは曲線やはね、払いを美しく再現できる。「ペンはもちろん、指でも美しい筆跡が実現可能だ」と新村氏は力強く語る。
第2の特徴は「インクデータの標準化」である。従来のデジタルインクは先述したとおり、OSやアプリが異なるとデータの共有ができなかった。しかしWILLはOSやアプリを問わず、データの共有が可能。しかも「軽量なデータ形式で保管や送信が容易にできるというのも大きなポイントだ」と新村氏。
第3の特徴は「筆跡の中に見えないデータの埋め込みができること」(新村氏)。いつ、だれが、どこでなどの情報を、ストローク(一筆分のインクの量、一画分)単位にメタデータを埋め込んでいけるのだ。そのため、特定の筆跡のみを抽出したり、多くの筆跡データを解析したり、ということもできる。ストロークにハッシュ値を埋め込めば、改ざんされていないかどうかもわかるようになるという。
第4の特徴は「インクの配信」ができること。「WILLであれば、リアルタイムでインクデータの配信ができ、異なるデバイス上でリアルタイムに筆跡の再現が可能になる」。新村氏は実際にデモを見せながら、その理由を挙げた。WILLは書き終わらなくても、データを配信できる仕組みとなっている。筆跡の断片を配信し、配信先で筆跡を再構築していくのである。しかも配信するのはインクデータのみ。したがってデータ量は非常に軽い。だからネットワーク負荷を軽減するというメリットも得られるというわけだ。
現在は、パートナー企業に試してもらいながら、改善をしている段階。WILLは無償で提供されるとのこと。
WILLの概要に関してはこちらをご覧ください。
スタイラスペン固有のIDである「ペン ID」と「WILL」でできること
ここで話は入力デバイスの話に転換。実はワコムではデジタルメモ時代を見据え、スタイラスペン技術の開発も進めている。それがペン IDだ。ペン IDはその名の通り、ペンごとに固有のIDを持たせる仕組みである。「このようなペンを使うことで誰が入力したのか、入力者の識別が可能になる」と新村氏は語る。ペンの方式は2種類あり一つはBluetooth接続。このペンはMACアドレス(48bit)をIDとしており、ワコムが提供するStylus SDKでIDを容易に取得可能である。もう一方の電磁誘導式(EMR)のペンは、12bit(種類)+32bit(固有)のID形式を採用、ドライバーに付属しているWintab for WACOMで取得する。すでにペン IDに対応したタブレット製品も登場しているという。
ではWILLとペン IDでどのような活用が考えられるのか。新村氏は想定している次の5つのシナリオを紹介した。
ケース1は軽量なデータの保存という特徴を生かしたシナリオである。「例えばWILLという文字をラスターデータ(PNG)で保存すると255KBとなる。一方WILLであればインクデータのみを保存するので、1KBですむ。デジタルカタログへの書き込みなどに便利に活用できる」と新村氏。データの容量を削減するのはもちろん、通信の容量も削減できるのは「大きな魅力」と語る。
ケース2はログインにペン IDを使用するというもの。データベースやKeychainにペンIDを保存しておき、ペン IDに基づいて取得したログイン情報を元に認証局に認証を依頼するのである。「デバイス認証はデバイスにログインした人が所有者として認定されるが、ペン IDは物理的なペンと自分が記憶している暗証番号の組み合わせによりシステムへの認証を行うことで本人を特定する。ただ、ペンは紛失したり落としたりするので、システム内のIDとしてそのまま使用することはお勧めしない」と新村氏は注意を促した。
ケース3はデバイスの共有シーンでの活用。ペン IDをサーバ上で管理することで、どのデバイスを使用してもログインが可能になるため、デバイスの共有が容易になるからだ。「例えば学校。児童にデバイスを1人1台持たせるとコストがかさむ。そこでペン IDを活用しデバイスを共有すれば、デバイスの導入コストも管理コストも削減できるようになる」(新村氏)
ケース4はデータ量が軽量のため通信帯域を圧迫しないという特徴を生かしたリアルタイムコラボレーション。遠隔地にいるメンバーと資料作成を共同で行う際などにも、便利に使える。またメタデータを参照することにより誰が書いたかを追跡可能なのも活用のポイントになるはずだ。
ケース5はストロークデータの蓄積と解析。手書きストロークデータは生体情報であり、センサー情報でもある。「メタデータ、ストロークデータを解析することで様々な活動の解析が可能になる。例えば筆跡鑑定。これまでの筆跡鑑定は静的な字を解析するのが一般的だったが、ストロークデータは筆跡の速さや加速度、空中での動作を取得できる。つまり生体認証のようなことが可能になる」と新村氏は期待を込める。
最後に「WILLを活用してペン入力の可能性を広げていきましょう」と参加者に呼びかけ、新村氏のセッションは終了した。
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