エンジニアもストーリーで語れ
本書が掲げる10の法則のうち、『右脳を叩き起こせ』『仮説で語りきれ。非難を恐れるな』『プロセス志向から抜け出せ』『自分の母親にもわかる言葉で話せ』といった項目を担当したのが武田恭尚氏。大学で組織論と経営学を学んだのち、コンサルタントとしてベイカレントに入社。まず担当したのは、証券会社での基幹システムの導入支援・開発だったという。
社内や海外ベンダーとのコミュニケーションをサポートしながら、自分でもインターフェースの開発を行ったりしました。学生時代はプログラミングの経験がなかったため、研修と業務を通して苦労しながら身につけていったのですが、そこで改めて、エンジニアの方々がどのような考え方をするのか、理解と共感を得ることができたのです。(武田氏)
本書でもたびたび言及されていることだが、エンジニアはどうしても技術中心、実現可能性中心の思考に偏りがちだ。また、例えば開発を請け負っている場合などは、自身が所属する会社のブランドや品質を守ろうとするあまり、少しでもリスクがあればそれを打ち消す方向を向いてしまう傾向があるという。
武田氏はその後、コンサルタントとしての研修も重ねていくが、例えばプロジェクトの要件定義を行う時、「これを実装するのは難しい」「項目を今から増やすのは大変だ」と、自身の視点がどんどんエンジニア寄りになり、プロジェクトの業務的重要性から離れていってしまうことに気がついたそうだ。
「ですが、技術的に可能な範囲でいくら優れたシステムを作っても、プロジェクト本来の目的に沿ったものでなければ意味がありません。また、重要なプロジェクトであっても、現場の社員やエンジニアの理解が不足していれば、なぜ普段の業務以外にそんなことまでやらなければならないのか、と考える人も出てくる。そういった人たちにも主体的に取り組んでもらうためには、プロジェクトの意義や目標を相手目線に立ってストーリー仕立てで語り、聞き手が想像しやすいように説明することが大切なのです」(武田氏)
さらに、ビジネスリーダーともなれば、役員クラスなどテクノロジーに詳しくない相手と話をする機会も増えてくる。説明の仕方はもちろん、忙しい立場の人と接する際は、いかに短時間でわかりやすく必要なことを伝えるか、という点も工夫しなければならない。
「表面上の課題の裏に、実はこうした本質的問題がある、ということを説明しようとすると、言葉だけではどうしても時間がかかってしまったりする。そんな時はビジュアル化するという手段が有効です。まず相手と課題認識を共有することが重要なので、きれいな資料でなく、手書きでかまいません。私は常にノートパッドを持ち歩き、ちょっとした立ち話などの際に、状況をラフに書き出して説明したりします。すると、スムーズに動き出すことも多々あるのです」(武田氏)
こうした工夫で、プロセスでなく目的優先、クライアント・ファーストという姿勢を備えたチーム作りをしておくことが、結果的には関わる人すべて、そしてプロジェクト全体の満足度や完成度の向上につながると武田氏。「課題構造をまず書いて(≒右脳を使って)みたり、周囲に話を聞くことで見えてくることも多い」という点は、共同執筆者の一人、田中大輔氏も口をそろえて語る。
仮説を語るスキルを身につけ、周囲を上手に巻き込んでいこう
田中氏は本書で『紙ナプキンで見せるビジネスモデル』『仮説「志向」は仮説「思考」ではない?』『アウトプット志向のワークプランニング』などの実践的コラムを中心に担当。業務においては、大手化学メーカーで物流や事業企画系のプロジェクトに従事したのち、コンサルタントへと転身を果たした存在だ。
自身はエンジニア経験を持たない田中氏だが、彼らに対する理解は武田氏同様に深く、「『まだProcessははっきりしないが、とりあえず目標を述べる。何かしら根拠があれば、とりあえず仮説でも伝える』というのは、エンジニアからビジネスリーダーをめざす際の最初のハードルかもしれないが、ぜひ臆せず臨んでほしい」とエールを送る。
「例えば『仮説オリエンテッド』、すなわち最初に仮説を立てて、それをひたすらブラッシュアップし続ける、仮説が実証できなかったとしても、それを踏まえてリアルタイムに新たな仮説を立てるスタイルがあります。こうした思考のレールに乗れるようになると、自分の発想そのものが変化してきます。目の前のデータや事実にとどまらず、その意味合いを仮説で考え、アウトプットを優先していくことで、仕事が面白くなってくるのです」
はっきりとした正解が用意されていないビジネスの世界において、検証と議論を重ねて仮説を確かなものにしていく。そこに自分なりの気づきを加えていくことで、仕事の幅と実力をさらに伸ばしていく。田中氏も自身の経験を通じて、こうしたスタイルの醍醐味に気づいてきたという。
「前の職場は安定していた反面、新たなスキルを身につける機会が少なく、自分はこのままでいいのだろうか、という疑問を抱いていました。現在のように、日々新たな課題に対して毎回異なるアプローチを重ねていく業務は、難易度も高い分、やり甲斐も感じ、楽しく取り組むことができています」
仕事が楽しくなれば、人生が楽しくなる
田中氏はエンジニアや後進の指導において「自分が頑張るよりも相手に頑張らせる、自分で考えてしまうのではなく、まず相手に考えさせる」ことも心がけているという。
「ある提案に対して『実現は難しいです/できません』という返答があったら、どうすれば可能になるか、というところまで考えてもらうようにしています。組織や自分を守ることを第一ミッションにしてしまいがちなエンジニア的思考を打破し、すべての人がリーダーのレベルまで思考のレイヤーを高められるよう啓蒙していくのです。自分が何のために、どういった仕事をしているのかに気づくことができれば、どんな仕事もずっと主体的に、興味を持ってできるようになるはずです」
自分の仕事に対して前向きに取り組むためのポイントについては、本書内でもたびたび言及されているが、武田氏は今回、以下のようなアドバイスも語ってくれた。
「エンジニアはどちらかというと積み上げ志向で、今の自分に可能なことから物事を考えがちですが、それではどうしても視野が狭まり、見える範囲でしか動けなくなってしまいます。成長をめざすなら、自身の持っている知識や技術をいったん離れて『自分はどういう時が一番楽しいのか』『自分はどうしたいか、これからどうなりたいか』ということを想像してみてください。そこから、目標を実現するためのアプローチを逆算して、一つひとつ考えていくのです。こうした思考を続けていくと、自分ののびしろもどんどん広がっていくはずです」
人生において、働いている時間はかなりのパーセンテージを占めている。ということは、仕事を面白くすることが、イコール人生を楽しくすることにつながるのだ。「より楽しく働くことができる社会づくりのためにも、リーダーシップを持つことは重要。スムーズなワークスタイルを身につければ、必要な作業をスケジュール内で無理なく進められるようにもなり、余暇だって持つことができます」と、意義を語る田中氏。みなさんにも、まずは本書を一読していただき、意識の持ち方を変えるところから始めてみることをおすすめしたい。
エンジニアがビジネスリーダーをめざすための10の法則
著者:ベイカレント・コンサルティング
発売日:2016年7月20日(水)
価格:1,728(税込)
本書について
本書は、国内有数のコンサルティング会社であるベイカレントのコンサルタントの著者たちが、エンジニアから出発し、ITコンサルタント、戦略コンサルタント、または経営者としてキャリアを積んでいく中で経験した、思考転換や行動、ビジネスのスタイルの転換について解説した本です。