競合優勢のブラウザー市場で「Yahoo!ブラウザー」が採った戦略とは
現在、国内のスマホ利用率は60%を突破し、スマホ市場の成長が鈍化している。一方、アプリの配信数は、Google Playでのアプリ配信数は26万件で5年前の約6倍以上、App Storeでの配信数は200万件で6年前の約4倍以上と大きく拡大している。つまり、アプリを出せばインストールしてもらえる時代ではなくなったというわけだ。
里山氏が担当するアプリ「Yahoo!ブラウザー」はAndroid版が2012年4月に初めてリリースされた。当初はSafari寄りのデザインで、メモリ最適化機能が盛り込まれていた。その後ユーザー調査をしっかり行い、2016年2月リリースのバージョン2.0ではデザインをシンプルに刷新。さらに2017年2月にリリースされたバージョン2.5では、ブラウジング体験が刷新され、QR機能が追加された。現在、Yahoo!ブラウザーのDAU(Daily Active Users)は100万人以上、MAU(Monthly Active Users)は250万人以上(Yahoo! JAPAN独自の調査2017年1月時点)の規模だ。
このように継続的な改善が行われ、安定した規模感を誇るYahoo!ブラウザー。プロダクトマネジメントでは、どのようなことが意識されているのだろうか。
里山氏が意識していることとして最初に挙げたのは「市場関係の分析と戦略化」だ。
Androidのブラウザーアプリは、標準アプリであるChromeが圧倒的に有利な状況にある。Yahoo!ブラウザーは成長率で健闘しているものの、MAUでは大きな差がある。しかもブラウザー市場は、乗り換えの想起が非常に厳しい市場だ。このような厳しい状況での戦い方としては、競合を明確にした上で、差別化を図っていくしかない。
Yahoo!ブラウザーが競合を分析する中で使ったのは「4C分析」というフレームワーク。自社(Company)、競合(Competitor)、ユーザー(Customer)、流通チャネル(Channel)の4つのCの関係性によって、差別化要素を分析していく手法だ。
実際にChromeとYahoo!ブラウザーを機能差分の面で比較してみよう。Googleが持っている強みは、HTML5、ブラウザエンジンのスピード、Progressive Web Appsなどの新仕様に対する対応が例として挙げられる。ただ、社内調査の事例などから「速度や標準仕様の機能追従は、乗り換え需要にはつながりづらい」という結果を得ていた。
Yahoo! JAPANが採った戦略の例として里山氏が挙げたのは「直接的な機能差分の追従をしない」ことであり、代わりに追加したのはQRコードを読み込める「QRリーダー」機能。これは多くの競合アプリが取り込んでいない機能であり、QRリーダー自体が単体で数百万ダウンロードされる市場を構成しているからだ。ただ直近、ChromeもQRリーダー機能を取り込みはじめたので、また別の機能差分を継続的に考える必要がある。
続いて、流通チャネルの面から両者を比較してみる。Googleの強みは、プリインストールされていることと、PC時代からのブランド力になる。ただ規模感は圧倒的である一方、流通チャネル数は少なく、積極的なプロモーションをしているようには見えない。
そこでYahoo!ブラウザーが取った戦略は「独自性の高い獲得チャネル」の構築だ。例えば、携帯キャリアの「Yahoo!モバイル」の一部の端末にYahoo!ブラウザーを標準ブラウザーとしてプリインストールしたり、Yahoo! JAPANのアプリ間で機能を連携し、Yahoo! JAPANアプリの既存ユーザーからYahoo!ブラウザーへ送客したりしている。
このように、市場環境を分析して自分たちの立ち位置を知り、比較軸を持って競合との差別化を行うことで、Yahoo!ブラウザーは「ユーザーから見たアプリの個性」を戦略化している。
数値化した指標を元にアプリの成長手法を策定する
里山氏が意識していることの二つ目は、「根拠に基づくアプリの成長手法」だ。アプリの確実な成長のために大事なこととして「健康状態のチェック」と「定期的な観察と分析」という二つのポイントが挙げられた。
アプリの健康状態とは「指標」と言い換えることができる。Yahoo! JAPANが重視している指標は二つあり、一つはKGI(Key Goal Indicator)で、アプリの最終目的の達成を計測する指標だ。例えばEC系のアプリなら売上になるし、ブランディング目的のアプリなら認知度がKGIになる。
もう一つはKPI(Key Performance Indicator)で、アプリの最終目的に至る過程を数値化して計測する指標だ。KPIの例は、ユーザー規模や一人あたりの売上単価などがある。
KGIとKPIの関係を構造化したものがKPIツリーだ。KGIはゴールなので一つだが、KPIはそこに至る過程なので、細かく割っていくことができる。
例えば検索連動型広告の売上をKGIと置いたKPIツリーは以下のようになる。
広告の売上は、DAU(Daily Active Users)と一人あたりの広告クリック数との掛け合わせになる。DAUは新規インストール数と継続利用率を掛け合わせた数値の積み重ねであり、一人あたりのクリック数も、一人あたりの検索数と広告クリック率で数値化できる。
さらに掘り下げていくと、新規インストール数はチャネル別で分析することができる。アプリがインストールされた翌日以降の定着率のチェックも重要だ。PDCAが回せるレベルまで詳細化し、施策を検討することが重要になる。
Yahoo! JAPANの社内では、施策別にKPIを日次でグラフ化し、常にアプリの健康状態をチェックしている。定期的なKPIの見直しも行っており、例えばインストール後1か月の画面別・機能別DAUをグラフ化してみると、「ユーザーに支持されている機能」「もう少し定着施策をすれば、使ってもらえそうな機能」「まったく支持されていない機能」に分けることができる。これを見れば、「もう少し定着施策をすれば、使ってもらえそうな機能」を優先的に訴求すべきだということが分かる。
アプリを確実に伸ばすために行っている手法の二つ目が「定期的な観察と分析」だ。里山氏は「ユーザーの期待やニーズを直接聞き出し、アプリ操作時の発言や表情まで観察」することで、定量的な調査のほか、定性的な調査も行っている。そうすることで、Yahoo!ブラウザーのユーザーのインサイト(行動の核心)を抽出することができるというわけだ。
例えばブラウザーアプリのユーザーは「お腹が痛いので病院を調べたい」「英語のスペルを知りたい」といった緊急性の課題を持っており、それに対して「自分で調べたい」といった能動的な課題解決欲求がある。さらに、専用のアプリを用意していない課題を持つのでWebで調べたい、という欲求もあるため、ユーザーは「情報到達までの最短化に強い興味を持っている」と分析できる。
まとめると、プロダクトを確実に成長させるためには、「定量的に指標を定義し継続的にチェック」「定期的にユーザーに聞き、インサイトを得る」という二つの側面が重要だ。
Yahoo! JAPAN一丸となってアプリを成長させる
里山氏がプロダクトマネージャーとして意識していることの三つ目は、「Yahoo! JAPAN全体の組織連携・組織貢献」だ。
安定市場での開発リソースの確保は非常に難しい。Yahoo! JAPAN社内だけでもアプリが数多く開発されているため、社内の開発リソースは常に不足しているが、外を見渡しても競合他社によるアプリの配信数は増える一方で、アプリエンジニアの採用も簡単ではない。
そうした中、Yahoo! JAPANはベトナムに100%子会社のTechbase VietNam社を設置し、自社サービス拡大のための戦略拠点として位置づけている。
日本とベトナムでネットワークやリポジトリ、コミュニケーションツールなどを共通化し、場所は違えど同じチームとして開発することが可能だ。里山氏が特にメリットを感じているのは、開発ラインをマルチ化できることだ。例えばベトナムで基本的品質改善を行いながら、東京で戦略的なグロースのための施策を打つことができる。その結果、東京は開発施策のトレードオフから解放され、開発ロードマップに幅を持たせることが可能になっている。
さらにYahoo! JAPANには、“All Yahoo! JAPAN”という行動規範がある。これは「皆一つで、組織に関係無く、全社員一丸になろう」を意味するキーワードだ。
例えば、“フラッグシップ戦略”という施策では、事業領域毎にフラッグシップアプリを指定し、それ以外のアプリは、フラッグシップアプリに何かしらの貢献をすることが求められる。
里山氏の所属するメディアカンパニーでは、「Yahoo! JAPANアプリ」という、圧倒的なDAU、MAUのアプリがある。それに対し、ニュースや路線、天気のようなアプリは、コンテンツの提供が価値貢献になる。Yahoo!ブラウザーやスマホ最適化、音声アシストなどのツール系のアプリは、機能提供を軸に貢献している。
Yahoo!ブラウザーが実現しているブラウジング機能は、Webビューをタブ化して管理しなければならないため、かなり複雑なのだが、そこの部分をSDK化して社内OSSとして提供した。自分たちのサービス以外にも横断のプロジェクトを組織し、新機能の先行導入をYahoo!ブラウザーで実践した後、枯れた機能としてYahoo! JAPANアプリに提供している。こうすることで「プロダクトの価値をYahoo! JAPAN全体で最大化することができる」と里山氏は語る。
以上のような取り組みの結果、調査会社App Annie社の調査によると、2014年、2015年はゲームを除くダウンロードパブリッシャーで国内No.1、最新の2016年は、ゲームも含むダウンロードパブリッシャーで国内No.1に選ばれている。
里山氏は最後に「Yahoo! JAPANでは、圧倒的規模感のあるプロダクト開発が可能だし、また、ユーザーの課題と徹底的に向き合う体験が可能だ」と語り、セッションを閉じた。
お問い合わせ
ヤフー株式会社