はじめに
22四半期連続で過去最高益を更新しているジャストシステム。安定した成長の背景には、コンシューマーはもちろん、法人向けにも多彩な商品・サービスを提供していることがある。しかも同社では受託開発を一切行っておらず、「提案型の自社商品開発」にこだわっている。
「今回は当社こだわりの商品開発の仕組みである『訴求ファースト』と『こだわり駆動開発』を紹介したい」
こう語るのは、医療向けデータウェアハウス「JUST DWH」のプロダクトマネージャーであり、GMS事業部 商品開発部長の宮崎哲哉氏だ。
同社では訴求を、商品における「買う理由」および「使う理由」と定義づけている。つまり訴求ファーストとは「訴求を先に決める」こと。宮崎氏は「当社では売り方を決めてから作っている」と語る。訴求ファーストの開発事例として「スマイルゼミ」が紹介され、開発責任者である大島教雄氏が登壇した。
「訴求ファースト」で開発された「スマイルゼミ」「JUST DWH」
スマイルゼミは小・中学生向けのタブレットで学ぶ通信教育だ。ジャストシステムでは99年より「ジャストスマイル」という学習・授業支援ソフトを提供しており、全国の小学校の85%に導入されている。「その知見を生かし、優れた通信教育が作れないか?」と、ある社員が思いついたことが企画の発端だった。
検討が進んだ2011年、iPadが登場したことで、家庭ではPCからタブレットへの移行が進んだ。政府も2020年までに、小学校と中学校で1人につき1台、タブレットなどの情報端末を導入することを推進している。「こういった状況を踏まえ、タブレットで学ぶ家庭学習を作ることが決まった。しかし、決定したからといってすぐに作り出さないのが訴求ファーストなモノづくりだ」と、大島氏は説明する。そして「何がお客さまに刺さるのか。利用したいと思ってもらえるモノは何か。それを探るために利用者である子ども、購入者である保護者の双方にアンケートやインタビューを実施した」という。
だが「どんなモノを使いたいか」と聞いても、答えはなかなか返ってこない。そこで活用するのが訴求シート(紙のチラシ)である。まずは仮説を基に作成した訴求シートを見せて、意見を聞く。役に立たないと言われた機能は外し、評判が良い機能は洗練させながら訴求シートを改良していく。さらに改良した訴求シートを見せながら再び意見を募る――このように地道なヒアリングを繰り返し、最終的な訴求ポイントをまとめていく。スマイルゼミは「夢中になる! だから続く。」をコンセプトにした。大島氏は「まずは訴求シートを作りこみ、開発を進めていくのがジャストシステム流訴求ファーストのやり方だ」と力説する。
訴求シートがあるとゴールが明確になる。その結果、「詳細な仕様書が必要がなくなる」上に「後戻りがなくなる」。そしてもう一つのメリットは作るモノにメリハリができることだ。最初からゴールのイメージができているので、重要機能に注力でき、余計な機能に時間を割かれない。したがってどんどん開発・実装が進む。
訴求ファーストなモノづくりはコンシューマー向けの商品のみで行われているわけではない。BtoB向けの商品でも活用されている。冒頭で紹介された新商品、医療向けデータウェアハウスのJUST DWHも訴求ファーストで開発された商品だ。ジャストシステムは約15年前に医療現場に最適な日本語入力システム「ATOK」と変換辞書「医学辞書 for ATOK」の提供を開始。この製品はこれまで全国の5000件以上の施設に導入されてきた。現在、医療現場は電子カルテに蓄積されてきたデータを2次活用するフェーズに進んでいる。そこで日本語処理技術を生かして、医療情報を2次活用するために生まれたのがJUST DWHだ。
JUST DWHの開発では、訴求シートを手書きで作成し、顧客開発するところから始めた。「最初に訴求シートを持って病院や医療情報系の会社を訪れヒアリングする。そこで得た気づきなどを反映させて、簡易なカタログを作った。ジャストシステムではエンジニアもヒアリングに赴く。BtoBの商材でも仮説に対する解は現場にあるからだ」と、宮崎氏は説明する。こうして出来上がった簡易カタログを手に再度ヒアリングを行い、そこで得た気づきや知見を反映して営業カタログを作成する。今度は営業がそれを手に現場に赴き、ヒアリングする。そのフィードバックや知見を反映し、最終的に正式なカタログを作成していくのである。とはいえ、訴求シートそのものを成長させていくことが目的ではない。あくまでMVP(Minimum Viable Product)を定め、商品力をアップさせるためである。「訴求シートは部署をまたいで関係者全員が目を通すため、合意形成や方向付けのブレを防ぎ、ビジネス促進にも役立つ」と、宮崎氏は語る。
「こだわり駆動開発」で実現した「一太郎」のもの書き向け機能
続いては一太郎開発リーダーの岡美香氏が登壇し、こだわり駆動開発の事例を紹介した。
2017年2月3日に発売された「一太郎2017」で話題を呼んでいる機能がある。それが「もの書き」向けの強化機能である。以前から「作家さんのための機能を開発したかった」と岡氏は語る。世界的に人気のライトノベル作品の中にも一太郎によって書かれたものがあるなど、作家に愛されてきたソフトウェアだということがその理由に挙げられる。それを踏まえ、岡氏は「自分たちが作っているモノの役割や重さを再認識し、さらなる機能強化のために何ができるか考えるようになった」という。
一太郎の開発チームは市場調査のため、エンジニア自らインターネットで情報を収集している。特にTwitterはユーザーの生の声をリアルタイムに確認することができるため、「どのような使い方をしているか」ということや「求めている機能」をチェックするのに適したツールだという。そして、地道な情報収集活動を数年続けていくうちに、コンスタントにツイートする層が分かってきた。それはプロの作家やその予備群、および同人誌を作って楽しむ方などの、もの書きと呼ばれる人たちの層だった。
とはいえ、もの書きマーケットの規模は未知数だ。そこで市場規模を調査したところ、「プロの作家だけでなくアマチュアで活動している人々も含めると、想像以上にターゲット数が多いのではないか」という結論が出た。ジャストシステムのチャレンジしやすい環境も幸いして開発のゴーサインが下り、こだわり駆動開発が始まった。
岡氏はまず、さまざまな現場に自ら足を運んだ。その一つが同人誌の即売会である。そこで、「足を踏み入れた瞬間、熱を感じた。市場のポテンシャルを実感した」という。実際の現場に赴くことで、冷静に印刷物や文章のスタイル、ターゲットの声などを確認し、技術的要件も把握することができた。さらに、同人誌即売会では人気マンガやアニメの二次創作がたくさん販売されているため、岡氏はそれらの作品を研究した。これもこだわり駆動開発の一環で、ターゲットの理解を深めることに役立った。
さらにチーム内で分担し、作家へのヒアリングをエンジニアが自ら行った。そのための準備として著書は必ず読んだ。これは礼儀でもあるが、緻密なヒアリングをするためでもある。ひとことで小説といっても、文体や言葉の使い方が全く異なる。作品の特徴を把握することで、スムーズなヒアリングを行うことができた。
「今回、多くのライトノベル作品に触れたが、ページをめくった瞬間に新機能のニオイがプンプンした」と、岡氏は語る。会話文や記号を多用するなど、通常の小説に比べて文体に特徴がある。さらにアウトプット形態の違いだけでなく、小説投稿、電子書籍など活動のタイプが異なるだけでも求められる要件が異なる。「例えばWebサイトへ小説を投稿する方なら、ふりがなの括弧を展開する機能が購入の動機になる。どうしてもほしい機能が一つでもあれば、お客さまに使っていただける」という。このように要件を整理した結果、もの書き層へ響く機能を網羅的に用意することができ、反響を呼んだ。こだわり駆動開発とは「ターゲットの要求に応えるため、開発者のこだわりを駆動力として、できることをすべてやりぬく」ことなのだ。
最後に宮崎氏が次のように会場に呼びかけ、セッションを締めくくった。
「『訴求ファースト』と『こだわり駆動開発』は当社こだわりの提案型自社商品開発手法である。自分のミッションの大小にかかわらず、適用できる場所はきっとある。ぜひ、取り組んでみてほしい」
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