組織が拡大し開発環境が悪化――「これが最後」の覚悟で挑んだ改善提案
星:その後、新規の開発などもこなす中で、社内に複数のエンジニアが育ってきて、そろそろチームを作ろうという話が出てきました。それまで、ピクスタにはチームの概念がなかったんですね。
後藤:「1人1案件」のような形で、開発の定例会議はあるけれど、それぞれに自分の作業報告をするという形でしたね。それを聞いてマネージャーが全体の状況を把握していました。
星:規模が大きくなり案件も増えた状態で、そんな体制を続けていると、マネージャーもすべてを把握しきれなくなってきます。それならチームを組んだほうがいいだろうということになったのが、2015年のはじめごろです。
チーム開発をやるのであれば「スクラム」を導入しようということで、とりあえずストーリーポイントを決めるためのミーティングを開いたのですが、そこで800くらいのチケットが出てきました。何とか取捨選択して400くらいまで減らし、そこから、ひたすらストーリーポイントを付ける作業をやったのですが、1か月半くらいポイント付けばかりをやっているうちに「自分は何をやっているんだろう」と思い始めてしまいまして。
和田:自分ではコードを書けずに、延々と見積もり作業ばかりやっていたわけですからね。そうした疑問が出てくるのは分かります。
星:「こんな状況がこれから先も続くのであれば辞めるしかない」と思いました。ただ、ピクスタという会社や、そこで作っているサービスには誇りを持っていたので、すぐに出ていこうという気にもなれなかったんです。考えた末、自分なりに改めてスクラムを勉強し直して、マネージャーや事業部長に改善提案し、それでも状況が変わらないようであれば、転職も含めて改めて考えようという結論を出しました。
和田:当時の星さんが作った「改善計画書」が、まだ私の手元にあるんですよ。プレゼンスライドではなくて、手書きでしたよね。
星:当時のピクスタでは、1か月に1度、経営会議が行われていたのですが、その場で提案をしようとしていました。1回タイミングを逃してしまうと、また1か月待たなければならない。なので、なんとか直近に間に合わせようと、終業後に会社でスクラムの本を読みあさって、少しずつアイデアをまとめ、明け方に自宅へ帰って寝て、また翌朝に会社へ来るといったことを続けていました。計画書が手書きだったのは、スライドにまとめ直している時間がなかったからなんです。
和田:実は、あれをきっかけに、私の星さんに対する評価が変わったんですよ。
正直なところ、それまでは「若い元気なプログラマーだな」という印象しかなかったのですが、それだけではなくて、現状に疑問を感じたら、それを変えるために情熱的に行動し、他の人を焚きつけながら巻き込んでいくことができる人なんだと感じました。
星さんについては、この時期を境に一皮むけて、大きく成長した印象があります。より大きなゴールを目指して、責任のある立場を取りに行く意志を示せる人って、結構貴重なんですよね。
星:その時期に意識が変わったというのは、たしかにそうかもしれません。それまでは、あくまでも一人のエンジニアとして「コードを書ける人が一番強いんだ」という価値観で働いていたところがあったように思います。
この時を境に、チームで開発したほうが、1人でがんばるよりも、より大きな成果が出せるということを感じましたし、単純にコードを書くことだけが「エンジニアリング」ではないということにも気づけたような気がします。メンバーの力量や事業全体を視野に入れ、サービスを作っていくために、どのようなチームで臨むべきかと考えられるようになったように思います。
和田:星さんは、このことをきっかけに、組織の中でマネジメントができるリーダーになったんだと思います。
私は当時、コンサルタントの立場でピクスタを見ていましたが、実はあの時期に、技術者集団としてのピクスタはピンチに直面していたと思っています。それまで、サービスを支えていた中堅、ベテランの社員が会社を出ていく時期とも重なってしまい、経営に近いポジションにいる人と、若い人たちだけが残って、中間のマネジメントが空洞になっている状況でした。ちょうどそのタイミングで、星さんが、これまでと違う指向や視点を持つことで、空洞になっていた、エンジニアマネジメントの領域を埋める形で動いたという感じでしたね。
星:「自分がやるしかない」と腹をくくったことは大きかったですね。「ポストが人を育てる」とよく言われますけれど、実際にそうしたポジションに就いたことで、立場に応じた視野や視座を持てるようになるということを実感したように思います。
星直史(ほし・なおし)氏
ピクスタ プラットフォーム推進本部 開発部 部長。2010年に新卒入社したSIerで、C#、Javaを学んだ後、2012年にピクスタに入社。「PIXTA」の改善、改修に従事。その後、2016年に開発リーダー、2017年にマネージャーを経て、2018年1月より開発部長に就任。現在、総勢約30名の開発メンバーを束ねる。
