行政プロダクト開発は「長距離走」、見えてきた成果と残された課題
現場主導で立ち上がった生成AIプラットフォームには、確かな手応えが生まれ始めている。橋本氏はまず、「やりたいことをすぐ形にできるツールがあること自体が、想像以上に効いている」と語る。各自治体が個別に仕様書を作成し、委託事業者に依頼し、入札を経て形になる──そうした従来のプロセスを踏まなくとも、現場のアイデアを即座に試せる。このスピード感が、生成AI活用を現実の業務へと引き寄せた。
実際、伴走支援プロジェクトに参加した自治体職員による試行の中で、半年間におよそ100本のアプリが生まれた。その数もさることながら、「現場が自分たちで作った」という事実そのものに大きな価値がある。さらに、自治体業務は共通点が多く、ある自治体で生まれたアプリを別の自治体で再利用できるケースも少なくない。アプリの横展開が自然に起こる点は、プラットフォーム化の大きな利点だ。
関心の広がりも顕著だ。都庁内では段階的な検証が始まり、GovTech東京が生成AIプラットフォームの活用支援を行う都内自治体の数も20団体から37団体へと拡大した。組織面でも変化があり、横断プロジェクトにとどまらず、AI・イノベーション室という専任組織が新設された。
一方で、課題が消えたわけではない。むしろ、関心の高まりとともに新たな悩みが浮かび上がっている。「利用したい」という声が、都外からも寄せられるようになったのだ。しかし、体制やルール、運用の仕組みが整いきっていない。広げたいという思いと、支えきれない現実との間で葛藤が生まれている。
期待値の調整も重要なテーマだ。生成AIを「何でもできる魔法の杖」と捉える声は少なくないが、実際には“できること”と“できないこと”がある。生成AIで解くべき問題と、従来のシステム設計で解くべき問題は、切り分けて考える必要がある。「生成AIプラットフォーム」で作れるもの、生成AIが担う役割を整理しないまま要望が集まれば、設計が破綻しかねない。
さらに、利用フェーズに入るほどUI/UXの重要性も増してくる。汎用的なチャットUIでも検証は可能だが、業務に定着させるには、より洗練された体験設計が求められる。ユーザー数が増えれば、インフラやコストの問題も避けて通れない。トークン消費量や利用規模の将来予測は難しく、変数の多さが運用を複雑にしている。
加えて、LLMの進化スピードも悩ましい。モデルは頻繁に更新され、性能やコスト効率は向上する一方、業務アプリに組み込まれた場合、その挙動変化はリスクになり得る。用途によってはモデルを固定し、安定運用を優先する判断も必要になるだろう。「現在のプラットフォーム一本で進むつもりはなく、次の手、その次の手を考え続ける必要がある」と橋本氏は強調する。
こうした不確実性の中にある課題に対し、橋本氏は自身の趣味である100マイルレースの経験を重ね合わせる。「ハプニングは前提として織り込むこと」「苦しさをポジティブに変換すること」「小さな違和感を放置しないこと」。いずれも長距離を走り切るための心得であり、行政プロダクト開発にも通じる姿勢だ。
「行政のプロダクト開発の道のりは長い。事業やサービスはしっかり形にしていかなければならないが、せっかく与えられたチャンスを活かし、挑戦することそのものに価値があるというマインドセットで、最後までやっていきたい」。誰かがやらなければ前に進まないなら、自分がやる。その覚悟とともに、GovTech東京の挑戦は、いまも長距離走を続けている。
