「三菱重工が変われば日本の製造業が変わる」——縦横スケーリングへの挑戦
三菱重工業のデジタル内製組織が手がけるCX(カスタマーエクスペリエンス)領域では、消耗部品の購入体験から問い合わせ対応まで、顧客と従業員のタッチポイントに複数のWebサービスを開発している。同社は4つのドメインにわたる数十の事業部門から構成されており、それぞれの経営資源が限られるためCRMやIoTといったビジネスITへの投資がなかなかできないという課題があった。
この課題に向き合うために設立されたのが、同社 山田悠太氏の所属するデジタル内製組織だ。当初は個別事業部の個別課題に焦点を当て、プロダクトオーナー・開発者3名・デザイナーという体制でアジャイルな仮説検証型開発を試みた。
部品見積受注のWeb化プロジェクトでは最初の協働がうまくいかない時期もあったが、向く方向を揃えることで一緒に価値提供できる関係に至った。しかし、ひとつの山を越えると次の山が見えてきた。1事業部1プロダクトのリリースに9カ月かかっている——全社8万人とその先の顧客を支援するためには、もっと早く、もっと広い領域に展開しなければならない。
この危機感に方向性を与えたのが、2023年のRegional Scrum Gathering Tokyoでの岩瀬義昌氏(NTTコミュニケーションズ、現NTTドコモビジネス)の講演だった。「NTTコムが変わるとNTTグループが変わる。NTTグループが変われば日本が変わる」というメッセージに触れ、「三菱重工が変われば日本の製造業が変わる。日本の製造業が変われば日本が変わる」という信念が生まれた。業務領域という縦のライン(営業・設計・製造・アフターサービス全領域)と複数事業部への横展開——この縦横のスケーリングに同時にチャレンジすることを決めた。
まず縦方向のスケーリングとして、アフターサービス領域をドメインごとに分解し、1プロダクト1チームのマルチプロダクト・マルチチーム体制を構築した。部品見積もり発注で1チーム、問い合わせ管理で1チームという具合だ。
プロダクトごとの自律性を高めることを狙ったこの体制だったが、新たな問題が生まれた。サイロ化だ。各チームが自分のプロダクト視点で最適解を追求するため、検索画面のUI・UXがプロダクトごとに微妙に異なるといった一貫性の欠如が生じ始めた。「デザインシステムで解決できる部分もあるかもしれないが、根本的にはチーム間のコミュニケーション不足が原因だ」と山田氏は診断した。
このサイロ化問題に対し、山田氏のチームは「場作り」と「体制作り」の2軸で対処した。場作りではオフィシャルな場として「CX Tech」と「ADR/PDR作り」を、カジュアルな場として「エンジニアの溜まり場」を設けた。
CX Techは月に数タスク・最大1日で完結する枠組みで、各チームが普段取り組めない技術探索や検証を横断メンバーで実施する場だ。AWS Healthの通知をキャッチする仕組みの整備から、Amazon QuickSightによるダッシュボード検証まで幅広い活動がここから生まれた。「プロダクトチーム外のメンバーと働く機会となり、互いの人となりや関係性が構築できた」という声がメンバーから上がった。
ADR/PDRはプロダクトオーナーも巻き込み、複数チームが横断的な仕様を意思決定・文書化する活動だ。多言語対応の仕様、各プロダクトが用意する環境、ドメイン名やテストユーザーの命名規則といった横串の事項を順次決定してきた。仕様差異の解消だけでなく、「決まっていない事項を発見したらすぐPDRを作る」という改善サイクルが自然に生まれたことも成果のひとつだ。
エンジニアの溜まり場は隔週1時間の自由参加形式で、「GitHub Copilotを使い倒す」といった3分間LT(ライトニングトーク)と、「社内アドベントカレンダーのネタどうしたらいい?」といった参加者が気になることを自由に相談し合う井戸端会議の2部構成。グループ外のメンバーも参加でき、緩く知見を共有し合える場として機能している。
