※本記事は講演時点(2025年9月)の情報をもとに構成しており、現在の制度・取り組みと異なる場合があります。
「EM」という言葉が指すものは、会社によってまったく違う
粕谷氏は、はてな全エンジニア100名強を見る技術グループ長として、自身もEMの一人だ。そんな粕谷氏がキャリアラダーを作り始めた背景には、「EMという肩書きの実態は会社によってまったく異なる」という問題意識がある。
EMが集まるイベントで他社の人と話すと、共感できる部分がある一方で「やっている仕事がちょっと違いそうですね」と感じる場面が頻繁にある、と粕谷氏は言う。まず「規模の違い」がある。10名のチームを見るEMと、100名あるいは1,000名規模の技術組織を見るEMとでは、期待される仕事の内容がそもそも違う。「事業フェーズの違い」もある。ゼロイチのスタートアップと、10から100を目指すベンチャーとでは、同じEMでも期待値はかなり違う。
こうした実態をつかむため、粕谷氏は各社のEM求人を調べ、EMに求められる役割を4つのタイプに整理した。自らも実装を担う「プレイングマネージャー型」、人を見ることに軸足を置く「ピープルマネジメント型」、開発プロセス全体の設計と推進を担う「プロセス推進・ブリッジ型」、技術選定やアーキテクチャ設計などを主導する「技術戦略リード型」だ。こうした役割は、会社によってはCTOが担っているケースもある。
「一言でEMと言っても、これだけの類型があるぐらい異なる期待が置かれています」と粕谷氏は述べる。役割の定義が会社ごとに違う以上、「EMの勉強法」が一本化されないのも当然といえる。
「EMの4領域」を軸にしたキャリアラダーの考え方
では、はてなはこの問題にどう向き合ったのか。粕谷氏が参照したのが、『エンジニアリング組織論への招待』の著者・広木大地氏が定義する「EMの4領域」だ。EMの活動を「ピープルマネジメント」「プロジェクトマネジメント」「テクノロジーマネジメント」「プロダクトマネジメント」の4つに分類する。
広木氏によれば、この4領域すべてを極めた「パーフェクトヒューマン」はそうそういない。そこで広木氏は、テクノロジーとピープルマネジメントを軸足にしつつ状況に応じて他の領域を補っていく「弱めのEM」と、4領域すべてに熟達した「強めのEM」という2つの定義を示している。
粕谷氏はこの「弱めのEM」という考え方を「今回のキャリアラダー設計のポイント」と位置づける。「4領域のどの分野に秀でているかが、そのままEMの個性になる」という発想のもと、はてなでは各領域をRPGのレベルのように数値化し、個々のEMの凸凹を可視化する形をとっている。
面白いのは、この考え方が「エンジニア以外のEMもあり得る」という発想を含んでいる点だ。粕谷氏は、デザイナーやプランナー出身の人がEMになっても構わないという立場をとる。
「テクノロジーはさすがにエンジニアには適わないでしょうけれど、プロダクトの価値提供についての知識はデザイナーの方が豊富かもしれない。開発プロセス全般をマネジメントできるなら、エンジニアリングマネージャーと呼べるだろうと思っています」
職種の出自を問わず、プロダクト開発全体を見渡してチームを引っ張れる人こそがEMだという考え方は、今の開発現場のあり方とも重なる。
実際、はてな社内で広い範囲を担当するEMとして粕谷氏が挙げる3名は、それぞれ明確な個性を持つ。テクノロジーが突き抜けて強く、ピープルマネジメントも得意なonk氏。バランスよく得意なタイプで、最近はプロダクトマネジメントに強くなりつつあるyigarashi氏。そして粕谷氏自身は、プロジェクトとピープルマネジメントが強みだと自己評価する。はてなには4領域すべてを極めているEMは一人もいない。それでも「それぞれの長所を活かして助け合えば十分」という粕谷氏の考えは、現場で組織を見てきた人ならではのリアルな知恵だ。
ピープル・プロジェクト・テクノロジー・プロダクトの4領域を軸に、影響範囲とグレードごとの期待を整理した表が、はてなのEMキャリアラダーのベースになっている。最初は「自分の仕事を終わらせる」「隣の人を助ける」レベルから始まり、徐々にチーム全体、部署全体、複数チーム横断、会社全体へと影響の範囲が広がっていく。次のステップに進むために何が求められるかが見えやすくなる仕組みだ。EMの評価は4領域だけでなく、戦略や実行といった一般的なマネージャースキルも含めて組み立てられている。
