1. 量子コンピュータの研究に乗り出す企業
最近、量子コンピュータというワードをニュースで普通に見かけるようになってきたように思います。以前も「量子コンピューター開発に集中投資へ 文科省方針」というニュースが話題となりました。量子コンピュータの開発競争が世界中で始まり、日本も取り残されないようにと国を挙げて技術育成に力を入れていくという方向性になってきているようです。
さて、日本においてこれまでは、量子コンピュータの研究開発といえば一部の大学の物理学科、もしくは大企業や研究所が基礎研究を行っているという状況でした。しかし、ここ数年で状況は急変し、現在は日本の企業がビジネスを見据えてやり始めています。驚くべきことに、量子コンピュータはもはや、遠い世界の一流の研究者がやる“夢の計算機”ではなく、身近にある“便利な計算機”になりつつあるのです!
まずは、量子コンピュータ関連の事業に取り組んでいる、日本の代表的な企業のリストを示します。デンソー、リクルートなど広く知られている企業が名を連ねています。この表の「方式」の欄は、量子コンピュータの方式を示しており、ほとんどがQA、つまり量子アニーリング方式であることが分かります。量子アニーリング方式は、前回までの連載で解説しました「最適化問題に特化したコンピュータ」で、カナダのD-Wave Systemsが開発しているマシンを使って実際に問題を解くことができます。この“D-Waveマシン”を使って、研究開発を始めている企業が日本から出始めているということです。
デンソーとリクルートは、大学と共同でD-Waveマシンの使い方や適用可能なアプリケーション、マシンの持つ課題についての研究を行っており、将来もっと高性能なマシンが世に出て来ることを想定して、これを使ったビジネスの可能性を模索している状況です。
また、Nextremer、フィックスターズ、ブレインパッドも、大学と共同で量子アニーリングの研究を始めており、各社テックブログなどで情報の一部を公開しています。
NTTと、スーパーコンピュータで有名なPEZY computingは、共に次回解説する「日本発の量子コンピュータ」であるコヒーレントイジングマシン(Coherent Ising Machine;CIM)の開発プロジェクトを推進しています。
そして、日立製作所と富士通は、「量子」ではありませんが、量子アニーリングを強く意識して開発された「組合せ最適化問題を高速に解くチップ」の開発を行っています。これは、前回解説したシミュレーテッドアニーリング(SA)により最適化問題を高速に解く専用チップです。これらの企業は、「最適化問題を高速に解くことはビジネスになる」と考えているのです。
以上から分かることは、日本で量子コンピュータ、またはそれに近い高速マシンがビジネスになりそうだと、本気で考えている人が多くいるという事実です。
では、日本の企業の量子コンピュータへの関心はいったいどこから来ているのでしょうか? それは、「機械学習のその先にある大規模計算の必要性」です。
深層学習(ディープラーニング)に代表される機械学習技術がどんどん広まり、自動運転や人工知能などが我々の生活に浸透しはじめ、我々の生活は今後数年で一変すると思われます。そして、機械学習が膨大な計算処理に立脚した技術であることを思い出すと、将来は現在のコンピュータの計算能力では足りなくなることが十分予想できます。より計算能力の高いマシンが必要になってくるのです。一方、コンピュータの進化は「ムーアの法則の終焉」と言われるようにここ数年伸び悩んでいるようで、マルチコア化、並列化による“たくさん並べる”という力業の性能向上が推し進められ、根本的に新しいアーキテクチャの必要性が高まってきている状況です。
そこで、量子コンピュータが登場します。これまでのコンピュータ(古典コンピュータ)とは根本的に異なる、そして実用化が見え始めた技術だからです。但し、量子コンピュータは、古典コンピュータを完全に置き換えるものではなく、古典・量子ハイブリットで性能向上をめざそうというスタンスが主流となっています。この辺りの「量子コンピュータの位置付け」について少し解説しましょう。