なぜプロダクトを作るのか――エンジニアが持つべき誇りとは
――今、「ものづくりの本質」という言葉が出てきたのですが、山崎さんは、そもそもプロダクト開発という概念を、どのようなものだと考えておられますか。
山崎:「自分たちは何のために製品やサービスを作っているのだろう」というところを突き詰めると、行き着くのは「ユーザーのため」だと思うのです。つまり、プロダクトづくりというのは「ユーザーの困りごとを解決するため」のもので、プロダクト思考やアジャイルというのは、そのための方法論なわけです。
「プロダクトづくりと何か」ということと同時に、私は「エンジニアとは何か」ということについてもよく考えます。エンジニアという言葉の由来をたどると、もともとは兵器開発に携わっていた人たちを指す言葉で、それが自動車産業の成立に合わせて、自動車づくりに関わる技術者にも使われるようになったという説があります。そうした経緯を見ても、まず何らかの目的があって、それを実現するための助けとなるものを作ることが「エンジニアリング」の本質ではないかと思うのです。そこに立ち返ると「目的を持った誰かの困りごとを、工夫して解決する」役目を担うのが「エンジニア」であり、その動機はあくまでも「課題ドリブン」ということになります。
エンジニアリングは日本語で「工学」と訳されますが、これを「工夫を学ぶ」という意味で捉えると、エンジニアのやるべきことも見えてきます。エンジニアの仕事は「先人が考えた工夫を学び、誰かの困りごとを解決するための役に立つ」ことなのではないかと思うのです。この定義は、自分のエンジニアとしてのプライドというか、誇りにもなっているのですが、恐らくこれは、プロダクト開発や組織作りにも、適用できるのではないかと思います。
市谷:そうした誇りが持つ意味は大きいと私も思いますね。「自分たちのやっている仕事を、社会や誰かのために役立てる」ということを常に意識して、仕事に臨むというのは意外と難しい。しかし、こうした意識を持ち続けないと、職業としての社会的な地位がなかなか向上していかないと私は考えています。
自分の職の社会的地位なんて、考えたこともないし、興味がない、あるいはよくわからないという人も少なくないのではないかと思います。そうした方は、ご自身の仕事を、自分という視点、会社という視点から離れて眺め直してみてもらいたいのです。自分が知識を活用して仕事ができているのも、実は先達が居て、知見を残してくれているからなんですよね。そうした先達の肩に乗るところからたいてい始めていると思います。そう考えると、自分や会社とはまた違った視点で、自分がやっていることの意味を捉え直せるところがあるはずです。
山崎さんがおっしゃったエンジニアの仕事の定義が「プロダクト開発」や「組織作り」にも当てはめられるという部分に興味があるのですが、その部分をもう少しお話しいただけますか。
山崎:「ユーザーの課題を解決するものを作る」ことを軸にして考えると、「作り方」や「作るチームのあり方」も、おのずとそれに適したものになるのではないかということです。システムアーキテクチャの領域だけでなく、マニュファクチュアリングの世界でも、よく「分散と統合が繰り返される」ということが言われますが、クラウド環境の利用も含め今は全体として「統合」の流れになっているように感じます。
良い例かどうか分かりませんが、例えば、エンジニアリングについて考えて見ると、恐らく、極めて初期にプロトタイプ的な自動車を作ったエンジニアは、機械としての車づくりだけでなく、デザインも含めて、全部1人でやっていたのではないかと思うのですね。しかし、それがプロダクトとして大量生産されるものになる段階で、機械を作る人、デザインをする人、品質保証をする人といった感じで役割が分化していった。これは「統合から分散」の流れです。
ソフトウェアの作り方を見ると、ハードウェアやOS、ネットワークを中心としたインフラの進化、システムアーキテクチャのトレンドの移り変わりの中で「統合と分散」の過程を繰り返してきています。個人が趣味でハードウェアのキットを組み立ててパソコンを作り、そこで動くソフトウェアを自作していた時代から、より大規模なシステムを、それぞれの専門に特化した役割を担う人たちが分業で作り上げていく時代になり、そしてまた、個人や少人数のチームが足回りよくスマホアプリを作っていく時代へと回帰してきているように見えます。
個人や少人数のチームで企画、開発、デザイン、テストをしたスマホアプリが、ストアでダウンロードされて、100万人のユーザーに使ってもらえるような環境はすでにあるわけです。もちろん、個人としての専門性はあると思うのですが、専門に特化してそれ以外の部分には関わらないという形ではなく、それぞれが専門性を生かしつつ、統合的にユーザーの目的を達成できるようなプロダクトを作るという動きは確実に進んでいます。近年、「プロダクト思考」でのものづくりが注目されているのも、こうした流れの一環ではないかと思うのです。
市谷:「個々が持っている専門性」を統合するために組織されるのが「プロダクトチーム」であり、統合のための方法論が「アジャイル」だと捉えるわけですね。面白い捉え方です。プロダクト作りで、どういう専門性がどのくらい必要なのかは、解決する課題によって異なってきます。ですから、プロダクトチームとしての「正しい体制」なんて定義ができるはずもなく。1つのプロダクトを作っていても、局面によって必要な専門性が変わっていきます。チームのフォーメーションを状況に応じて組み替えられる、動的なチームイメージを理想と私は置いています。
また、揃える専門性に幅があるゆえに、チームの活動に求心力がなくピリッとしない開発になってしまうというのは、プロダクト開発で誰もが最初に直面する課題ですよね。アジャイルとは、プロダクト作りで「何にフォーカスしていくのか?」を提示するあり方であり、チームを統合するためのすべとなるのですよね。もちろん、プロダクトチームが執着するのは、ユーザーの課題解決、要望の充足を果たすことで得られる「価値」についてですね。
市谷 聡啓(いちたに・としひろ)氏

Energizer、 レッドジャーニー代表、政府CIO補佐官、founder of DevLOVE。
プログラマーからキャリアをスタートし、SIerでのプロジェクトマネジメント、大規模インターネットサービスのプロデューサー、アジャイル開発の実践を経て、自らの会社を立ち上げる。サービスや事業についてのアイデア段階の構想から、コンセプトを練り上げていく仮説検証とアジャイル開発の運営について経験が厚い。それぞれの局面から得られた実践知で、ソフトウェアの共創にたどり着くべく越境し続けている。著書に「リーン開発の現場 カンバンによる大規模プロジェクトの運営」(オーム社、共訳)、「カイゼン・ジャーニー たった1人からはじめて、『越境』するチームをつくるまで」(翔泳社、共著)、「正しいものを正しくつくる プロダクトをつくるとはどういうことなのか、あるいはアジャイルのその先について」(ビー・エヌ・エヌ新社)。
