テクニカルディレクターの仕事とは?
入江氏と田中氏が所属するhakuhodo DXDチームは、広告の領域を超えて新しいサービスやUXをつくり、つくったあともデータを見ながらより良いものへと改善し続けるワンチームだ。今回、両氏とともに登壇した清水氏は、日頃からDXDチームのアドバイザリーボードとして、技術的サポートを行っているという。
博報堂では“生活者発想”を掲げていたり、DXDチームでは“Branding with Engineering”を掲げていたりすることから、プロジェクトに関わる一人ひとりの意見を大切にしたいと議論を重ねているという。しかし、アイデアの発散がどんどん大きくなればなるほど、エンジニアとして不安になることは言うまでもない。
「発散と収束を行う課題解決方法であるダブルダイヤモンドをよく目にすると思うが、実際にはこんなにバランスよくきれいな形にはならないことが多いのではないか。発散が大きくなり、とはいえスケジュールはあるので、収束からの実装をキュッとしなければいけなくなりがちだ」(田中氏)また、従来の常識や考え方にとらわれず、新しい発想をしようと思うと、「本当にできるのか?」「誰ができるのか?」といった懸念が生じることは避けて通れない。
では、改めて、テクニカルディレクターとはどんな仕事なのだろうか。この疑問に対し、BASSDRUM 清水氏は「クリエイティブやビジネスやコンセプトをつくる人たちと、エンジニアやプログラマーなどテクノロジーを司る人たちの間に入って、コミュニケーションの仲介や翻訳をする技術監督である」と定義する。両者の間にはモチベーションの違いや目的意識の違いが生まれやすく、直接コミュニケーションを取ろうとしてもうまくいかないことが多い。そこで、それぞれの言葉を理解して代弁することで、プロジェクトを円滑に進める役割を担っているのである。
とはいえ、“言うは易く行うは難し”。テクニカルディレクターが格闘する相手は多岐にわたる。営業・マーケター・Creative Director・Art Director・エンジニア・法務・コンプライアンス・事業部門・IT部門・広報部門など、各所との調整で摩擦が生じることもしばしばあるという。そのような摩擦が生じたとき、テクニカルディレクターはどのように対処しているのか。日々の奮闘を“異種格闘技戦”として、5つの事例が紹介された。次に詳しく見ていく。
とにかく新技術を使いたい顧客、営業からの丸投げ……あなたならどうする?
<ROUND 1:VS 企業 クライアント> 「うちもメタバースをやるぞ!」
「昨今、さまざまなクライアント企業から『うちもメタバースをやるぞ!』という声が聞こえてくる」という入江氏。メタバースに限らず、Web3やブロックチェーンなど、「新しい技術を取り入れて、とにかく新しいことがやりたい」というわけだ。
しかし、なぜやりたいのか、その目的や事業計画が明確でないことも少なくない。「『それをやりたいだけなら、べつにメタバースじゃなくてもいいのでは?』と思うこともある」と話す清水氏に対し、「おまけにメタバースに対して抱くイメージは人によってさまざまで、コストや実装方針を詰めていくところで営業やクリエイティブと戦うことになる」と田中氏も補足する。
もし仮想通貨が絡むようなすごく大きなオンラインゲームをつくりたければ、相当なコストが発生する。そうなるとクライアントが目指す目的に対して、費用対効果が見合わないものになりがちだ。そんなとき清水氏は、メタバースではない他の要素技術や手法を対案として提示したり、他社事例を参考にしながら目標設定を行ったりしていくという。
<ROUND2:VS 社内営業> 「そのへんは阿吽の呼吸で」
広告会社の営業といえば、丸投げするイメージもあるかもしれないが、実際、曖昧な会話で会議が終わることも多いという。「そこで食い下がって『いやいや、ちょっと待って! 今の課題は、こういうことだよね?』と目に見える形に落とし込んでいくことが、その後の明暗を分ける」と語る田中氏。ハイコンテクストなふんわりした内容を排除して、図版やプロトタイプをつくりながら、共通認識をつくっていくことが大切なのだ。
「なぜなら我々テクニカルディレクターは、営業だけでなくプログラマーと相対する必要があるから。現場の方は『AかBかはっきり決めてよ』というスタンスであることが多いので、曖昧な認識を排除するのはとても大事。抽象度が高い状態でプロジェクトが進んでいかないよう、安全弁として機能する必要がある」と清水氏も同調する。
開発者 の「仕様書に書いてない!」に、テクニカルディレクターは何と答える?
<ROUND3:VS アートディレクター> 「もっと、『シュッ』とした動きで」
「何かいいものをつくりたいときに、言語化できないこともある。『もっとシュッとした動きで』みたいな言い方とか、体感的に気持ちがいいもの、グッとくるもの、といった表現も広告業界では、よく使われているはず。そうしたエンジニアリングの力でクリエイティブに命を吹き込んでもらいたいときの議論をする際に、気をつけていることはあるか?」と入江氏は問いかけた。
「たとえば、使いやすいUIを目指したときの“シュッ”なのか、ブランドの表現としての“シュッ”なのか、いろいろなケースが考えられる。 “シュッ”の多様性を理解しつつ、どの“シュッ”なのかを考えていくのがひとつ。あとは、いろいろな“シュッ”の事例を探してきて、『この“シュッ”ですか?』と確認しながら共通認識をつくっていく。あるいはms単位でスピードを調整できるようなツールをつくって、『ちょうどいい“シュッ”のところにしといてください』と戻してしまうこともある。テクニカルディレクターには、文学性と開発脳を両輪で回していくおもしろさとつらさがあると感じている」(清水氏)
<ROUND4:VS 開発者> 「そんなの仕様に書いてないです……」
「仕様書に書いていないからできない」というエンジニアがいたときに、テクニカルディレクターはどう対処しているのか。田中氏は「仕様書に書いてなくてすみませんが……」とまずは真摯に謝罪から入るなど、「なんとか前向きにいいものをつくろうと思ってもらえるよう、コミュニケーションで解決しているところもある」と明かす。
これに対し清水氏は、「たしかに人間関係は大事。『無茶振りしてくることはあっても、最後は守ってくれる人だ』とエンジニアから信頼を獲得しておくのも、テクニカルディレクターの大事な仕事だと思う。そもそも私はエンジニア出身だし、今でもプログラムを書くことがあるので、どうすればエンジニアが納得して動きたくなるのか、というポイントはわかるから」と語る。
<FINAL ROUND:VS クリエイティブディレクター> 「そのへんはAIでどうにかしてよ!」
広告会社のみならず、部署によって技術全般に対する解像度にばらつきがあることは、よくある。なんでもかんでもAIでどうにかできると思っている人たちに対して、テクニカルディレクターはどうアプローチするのか。
「AIは学習データがないとうまく活用ができないということを知らない場合が多いので、『こういうアルゴリズムを使って、こういうモデルをつくればできるかな? そのためにはこういうデータが必要だけど……』」と、最終的なゴールに辿り着くまでのプロセスを細分化して伝えるのがひとつの方法としてあるのではないか」と語る清水氏。加えて、テクニカルディレクターはさまざまな方向から飛んでくる球を打ち返すため、広く浅く(願わくば深く)対応力を育てておく必要があるが、それこそがこの仕事の大変だけど楽しいところでもあると述べた。
「いろいろ大変なことがあって“格闘”という表現をしたが、ベースは敵ではなく仲間。日々苦労しながらも、みんなでがんばっている」と語り、入江氏はセッションを締め括った。
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