深層学習のインパクトで始めた好奇心駆動開発
中村氏ははじめに、機械学習について衝撃を受けた最初の出来事を話し始めた。
「それは2006年に登場した将棋ソフト『Bonanza』でした。機械学習を活用した思考ルーチンを持ち、世界コンピューター将棋選手権大会に初参加して、ノートパソコンだけで高性能ワークステーションを駆使するソフトを圧倒して優勝しました。開発者は物理科学者で将棋の知識はほぼなかったそうです。『Bonanza』は、将棋ソフトの常識を覆して新たな世界観を作り出しました。この経験から、機械学習が私たちの能力や人間の限界を超えた知能を創造できるのではないかと考えるようになり、非常に興奮しました」
ここ数年は、深層学習によって人間の言葉を理解する自然言語処理が急速に発展し、画像生成AIやChatGPTなど大きなインパクトを与える技術が次々と登場している。中村氏は、Qiitaで紹介されていた【日本語モデル付き】2021年に自然言語処理をする人にお勧めしたい事前学習済みモデルという記事を紹介し、上から順番に実行していくだけで、10分ほどで実際に記事から要約されたタイトルを手元で出力できると説明した。
「こんなにうまく記事を要約してタイトルを生成できちゃうのは正直すごいし、これを実際にニュースサイトに搭載したら、絶対にインパクトがあると思いました。エンジニアにとって、新しいことに触れることや、そこからもっと楽しいものを作れるワクワクは何にも変えがたいものであり最高の原動力だと思います」と中村氏は述べた。これを中村氏は『好奇心駆動開発』と呼んでいる。
しかし、現実はコストや費用対効果などビジネス的価値観によって書き消されることが少なくない。
「でも、やっぱり私は好奇心から開発したいと思います。深層学習の分野は、大学で研究していた頃よりも高度に複雑になって難しくなっています。それでも楽しいと思える技術は、たとえ大変だと思っても頑張れてしまいます」
ここで中村氏は、ニフティニュースで実現した記事要約について簡単に紹介した。「ここでは深層学習を用いた、いわゆる中・小型の記事要約やタイトル生成・キーワード生成を行っています。すべてのタスクを単一の深層学習モデルで実行することで実行効率とデータの学習効率を高めています」
「本セッションでは、『やりたいと思っていることを、社内または組織でやってみる』をゴールにお話していきます。 そのために、『種をまく』『技術を開花させる』『人間関係のスキル』という3つのステップで説明します。新しいことに挑戦したい人が1人でも増えてほしいと思っています」
ステップ1:種をまく。身近なことから始めて仲間を増やす
「何もないところから、いきなり機械学習の導入を目指しても難しいでしょう。機械学習のための人もいなければ環境もありません。でも、誰かがやり始めなければ始まりませんし、何よりこれは私自身がやりたいことです。そこで、まずは身の回りで始められることから取り組んでいきました」
こう説明して、機械学習について自分の活動を紹介した。全社にAIに対する期待はあったが、どう使うのかよく分からない雰囲気だったので、小さなプロダクト作りや社内研修をおこなったのだ。
入社して3ヶ月くらいで作成したのが「女優レコメンドエンジン」だ。これは、好きな女優と似ている女優を判定するシステム。レコメンド技術は、ビジネス転用しやすい機械学習技術のひとつだ。
また「AWS Deep Racer」というバーチャルAIレーシングゲームに参加して社内の10名ほどで参加して、最終的には全世界94チーム中31位を獲得した。
さらにプロダクトを作ってみるだけでなく、社内で開催されている全社研修で機械学習に関する講師を買って出て、機械学習の経験者を少しずつ増やしていったり、競馬の予想ATを使って、社内LT大会に参加したりと、いろいろな角度から種をまいていった。
ここで重要なのは、次の3つの考え方である。
まず1つめは、活動は1人からしか始まらないこと。『すべては1人から始まる』という本では、何かの根源になる存在の最初の一歩を踏み出すのは必ず1人しかいないと述べている。
2つめは、許可を求めるよりも寛容に期待すること。これは『Team Geek』という本にあった内容で、「やり始めるのにいちいち許可を取っていたら時間がかかってしまう。とりあえずやってみて、後から許してもらえることに期待しよう」と説いた。
3つめは、文化が先で組織は後だということ。組織の変化を期待していたら、その変化が起きるまで相当時間がかかってしまう。先に自分の身の周りの手が届く範囲から変えていって、まずは文化を作っていくのだ。