プロダクトボード導入と新体制による革新と課題
改革後の組織として鈴木氏が目指したのは、株式会社エス・エム・エスが導入している「プロダクトボード」だった。
参考:チーム横断でサービス全体を舵取りするプロダクトボードの話|株式会社エス・エム・エス
プロダクトボードとは、専門性と知識を持つメンバーが集まり、プロダクトの意思決定を行う場だ。「ボード」とは各メンバーを指し、Classiでは営業、カスタマーサポート、エンジニアリング、運用、デザインなどの各分野の専門家がアサインされている。鈴木氏も、エンジニアリングの専門家として参加している「ボード」の一人だ。
同社で2023年から始まったプロダクトボードは、組織図上で上位にあるマネジメントチームではなく、誰でも議論に参加できる柔軟な場だ。また、トピックごとに必要な専門家をその場に招くことで、迅速な意思決定を行えるメリットもある。
プロダクトボードを採用したことで、「意思決定のスピードが飛躍的に向上した」と鈴木氏は胸を張る。意思決定を行えるメンバーが最初から参加することによって伝言ゲームが減り、実施可否を即座に判断できるようになったことで、機能リリースの頻度が増加し、営業組織や顧客からも好意的なフィードバックが寄せられるようになったのだ。
改革は奏功し、当初計画では赤字が見込まれていた2023年は、なんと黒字化を達成。鈴木氏は「費用削減の効果も大きかったし、たかだか1期の実績ではあるが、前向きな成果を出せたことに手応えを感じている」としたうえで、今後もこの結果を継続させたいと意欲を語る。
一方でプロダクトボードの導入は、プロダクトマネージャー全員の退職という苦しい結果ももたらした。鈴木氏は、「自分の決断は批判されるべきものだったかもしれない。それでも、向き合って乗り越えるべきハードシングス(困難)であったことは確かだ」と慎重に述べた。
痛みと成果の両方をもたらしたプロダクトボードだが、当然ながら万能薬ではない。たとえば、プロダクトボードが「承認機関」として扱われ、意思決定が生じるたびに「プロダクトボードに確認しよう」と動くようでは、せっかくのスピード感も損なわれてしまう。「持ち込まれる問題の中には、直接専門家に聞けば済むものも多い。事業スピードを意識してもらえるよう、メンバーにフィードバックすることもある」と鈴木氏は話す。
また、改革後もなお、鈴木氏に相談や意思決定が集中している現状も課題だ。「確かに自分は、広く会社のシステムやエンジニア組織の生産能力を理解しているつもりだ。しかし、自分のパフォーマンスにも限界はある。各チームの状態やスキル、影響範囲を考慮しながら意思決定を行うために、ヒューマンリソースビジネスパートナー(HRBP)の存在が求められている」。事業計画と人事計画は密接に関連しているため、それを両立できるリーダー層の育成が今後の課題だ。
これと関わるのが、「自分に『お伺いを立てる』構造になっていないか」という葛藤だ。2020年のセキュリティインシデントや高負荷障害の再発を防ぐため、鈴木氏は現在、開発組織の生産能力を超えた要求を拒むための「防護壁」として機能している。しかし、それが不健全なヒエラルキーを生み出している懸念は拭えない。
「プログラマーである自分が、ビジネス要求を調整しながら対処している現状は健全ではない。理想は、技術でビジネスを引っ張れる状態にしたい。そのためには、開発組織全体の技術力をさらに向上させ、生産能力を引き上げることだ」。
講演のまとめとして鈴木氏は、「オーナーシップは誰のものか」というセッション全体の問いに立ち返る。「大きなトラブルに直面した際には、メンバーに対して『オーナーシップが足りない』と感じてしまうこともあった。しかし、蓋を開けてみれば、一番オーナーシップが足りていなかったのは自分だった。意思決定から逃げていたのだ」。
一連の改革は、「逃げることをやめ、本当に向き合うべき問題に正面から取り組んだ結果だ」と胸を張る鈴木氏。「新体制はまだ2年目であり、改善の余地は多い。しかし、プロダクトボードに参加するメンバーは、全員がオーナーシップを発揮していると実感している」と、その意義を改めて強調する。最後にはともに議論を重ね、一緒に課題に立ち向かってくれたClassiのエンジニアリングマネージャーたちへの感謝を述べて、講演を締めた。