エンジニアたちの真価が問われる生成AI革命
ウルシステムズ株式会社は、先端技術のITコンサルティングやアジャイル開発の内製化支援を行う企業であり、大規模システム開発やクラウドコンピューティング、デジタル変革(DX)などの実践に強みを持っている。これまでさまざまな業界の企業に先進的なソリューションを提供し、信頼を築いてきた。創業者で代表取締役会長の漆原茂氏は、技術者としての豊富な経験を持ち、業界内での影響力も大きく、AIやDXの分野でも先進的な視点を持つ。さらに、2024年1月には一般社団法人Generative AI Japan(略称「GenAI:ジェナイ」)の設立に関わり、理事としても活動している。
「GenAI」を設立した背景について漆原氏は「ChatGPTの登場以降、生成AI分野では驚異的なスピードでイノベーションが起きています。この波は私たちエンジニアを大いに刺激しましたが、個社での取り組みには限界があると感じました。そこで、社会実装を目指す仲間たちと共に、企業の枠を超えてノウハウを共有し、業界全体の発展を促進するためにGenAIを設立しました」と述べる。
生成AIを導入すると、数々の課題が浮かび上がる。データの準備方法、有効なプロンプトの作成法、避けるべき使用法、ハルシネーション(事実と違う内容の生成)の防止策など、さまざまなガイドラインが必要になる。最近では、セキュリティはもちろん、倫理的な問題も出てきている。各企業がどこまで何をすべきかまだ手探り状態だ。法規制などのルールも今後出てくるだろうが、それと並行して横の情報連携をしながら、ノウハウを共有する場を求めていたのだ。「GenAI」のコンセプトに賛同して参加する企業は60社を超え、活況を呈している。
「かなり先進的に生成AIを活用している大企業の方々にたくさん参画いただいています。加えてクラウドベンダーやAIサービス提供企業も参加しています。さらに受託開発やコンサルティングを行うような社会実装を担当するエンジニアも加わっています。こうした多様な立場の人々がGenAIに集まっているのが面白いですね」(漆原氏、以下同)
「GenAI」の活動は多岐にわたる。月次でのユースケースや技術ノウハウの共有、活発な情報交換が行われているSlackチャンネルなどがある。設立から半年経って開催された会員企業向けのサミットは、AWSのラボを借りて実施した。異なる業種の参加者が一堂に会し、共創のためのパネルセッションやワークショップを行った。また2024年12月には日経ビジネスと共催で「生成AI大賞2024」を開催する予定だ。
「GenAI」は社会実装や共創を重視している団体だ。漆原氏は、技術動向に加えて社会実装における現場の課題とその克服方法、組織づくり、ビジネス効果の検証などの実践的な内容を、会社を超えて共有し、互いの活躍を称え合う場を作りたいと考えていると語った。
「生成AIは日本の経済成長に欠かせない重要な技術分野です。オールジャパンで取り組む必要があり、国とも協力しながら民間側で人材育成や事業共創を推進したいと考えています。エンジニアもユーザーも含めた中立的な団体として最善の活動を探っており、まだ始まったばかりなのに大変な盛り上がりを見せています。そして今、エンジニアたちの真価が問われる時期に来ています。本格的な事業貢献がエンジニアたちに期待されているんです」
漆原氏は生成AIの面白さについて、その大規模な投資による急速な技術進化と、一般ユーザーでも直接使えるレベルに急速に達した点を挙げている。膨大な資金や人材が惜しみなく投入され続けており、3カ月毎に驚くべき進化を遂げている稀有なイノベーションだという。また、これまで専門家に限られていたAIやデータ利活用の領域が、生成AIによって一般の人々にも開放されたことを画期的だと評価している。
「ユーザーもビジネスの現場の人も、簡単に身近で生成AIを活用できるようになりました。まるで突然、全人類にAI活用への扉が開かれたような状況です。急速な市場への浸透状況が、生成AIの革新性を物語っています」
生成AIでエンジニアの働き方はどのように変化する?
漆原氏は、生成AIの登場により、エンジニアの仕事には大きく2つの変化が訪れていると指摘した。1つ目は、ソフトウェア開発のライフサイクルにおいて、エンジニア自身がユーザーとしてAIをどう活用するかという点だ。
「生成AIは、正しく使いこなせる人にとっては非常に便利です。特に定型的なタスク処理や自動化に効果的です。もちろん完璧ではないため、結果のチェックは必要ですが、生産性は確実に向上します。まだ始まったばかりなのに既に3割ほど生産性が上がっているケースもあります。このペースで技術が進化すればもっと便利になるのは間違いありません」
2つ目が、開発するプロダクトや顧客の業務にAI機能をどう組み込むかという点。漆原氏はまだ日本では黎明期で、さまざまなツールがAI対応を始めている段階とし「生成AIの業務への本格的な適用はこれから多くのエンジニアが取り組むべき大事な仕事となるでしょう。現状はまだ単なる自動化や電子化の域を出ていません。チャットボットやFAQなどを超えた『コア業務』への導入は今からです。真のビジネス価値創出にむけて誰にでも大きなチャンスがあります」と話した。
本格的にAIを業務に適用しようとすると、企業内に埋もれた非構造化データなどの情報の取り扱い方がポイントになる。単にデータを無作為に処理するだけでは十分な効果は得られないからだ。価値の高い独自情報を適切に加工し、活用するノウハウが求められるのだ。また、AIの安全性や信頼性の確保も重要であり、業務への深い知見も不可欠になる。いずれも高いハードルだが、漆原氏は生成AIの可能性を前向きに捉えており、本気で乗り越えた企業には大きなチャンスがあると考えている。
生成AIの利用によって、エンジニア個人だけでなく開発組織も大きく変わろうとしている。一人ひとりが対応できる業務領域が拡大し進化しているのだ。例えば、開発・運用や、フロントエンド・バックエンドのように役割が分かれていた業務を、生成AI技術によって一体化できる可能性がある。開発者が運用もこなせる、あるいはバックエンドエンジニアがAIの支援によってフロントエンドのUIを作れるようになる等、専門分野の垣根が低くなりエンジニアの組織構造の変革につながる可能性が出てきているのだ。
「結果として、AIを使いこなせる人ほど生産性が向上し、複数の領域を効率的にこなせるようになっています。生産性を高めながらますます品質が高い仕事ができるようになる。特に、ある程度習熟した開発者にとっては大きなメリットです。AIを伴走者とすることで開発の役割分担が変わります。アプリケーション開発やデータベース、インフラ、運用保守など機能別に分けていたチームがシャッフルされ、結果として成長意欲の高い良い技術チームを備えた企業がビジネス的に大躍進できると思います」
生成AI時代に求められる「本質」を見る力
優れたエンジニアの生産性が高まる反面、自分の業務が生成AIに代替されていき、仕事を奪われるのではと懸念を抱く人も増えている。エンジニアとして、生成AIに代替されないようにするには、どのようなスキルを獲得するべきなのだろうか。
漆原氏はそのひとつに「正しい設計能力」を挙げた。単に動作するコードを作るだけでなく、業務の本質を理解した上で「これで良い」と判断できる能力だ。データベースや業務分析、クラウドアーキテクチャなども同様で、適切な正しい設計が判断できることが肝心だ。また、生成AIが出力したアウトプットの品質を確認できるスキル「レビュー能力」も欠かせない。そのため、結果を適正に評価できる仕組みを構築することが大切になる。
さらに、急速に進化する生成AI技術を「業務にどう適用すれば役立つかを自ら提案できる能力」も重要だという。指示待ちではなく、主体的にビジネス提案できる人材の価値が高まるのだ。
「AIを適切に活用するには、現場の人々を深く理解し、業務の本質を見通すことが重要です。実はまだコンピュータ化されていない部分に重要な要素が隠れていることが多いです。例えば小売業では、店員の顧客とのやり取りや動作などまで観察する必要があるでしょう。人間を含めた業務全体を理解し、最も効果的なAIの適用方法を見出すことが、これからのエンジニアに求められる重要なスキルだと思います」
適切な判断を下すためには経験も必要だ。若い世代のエンジニアは、AIがコードを自動生成する時代に適切な判断能力を身につけることができるのだろうか。この点について漆原氏は、むしろ生成AI時代だからこそ学習内容が大事だと言う。「検索できる個別の技術知識はAIに任せておけばよいでしょう。ただ、システム全体のアーキテクチャや設計パターン、業務分析やデータモデリングなどは簡単には検索できないナレッジです。なぜそうなっているのか、どうしてそうなのか。生成AI時代には学習方法が決定的に変わります。学習結果を自分でちゃんと試して確認することも大切です。技術もビジネスも、本質的な部分を学ぶようにしましょう」とコメントした。
生成AI活用で日本の復権へ!エンジニアたちの挑戦が鍵
生成AIの登場により、人間とコンピュータの役割が変化している。単純作業は省力化され、人間はより高度な判断を要する仕事に集中できるようになった。マルチモーダルAIの登場で、さらに複雑な分析や判断が可能になりつつある。
漆原氏は、日本では、製造業や医療分野、金融、流通サービス業、公共、マーケティングやクリエイティブ分野など、これからAI活用の余地が大きい産業が多いと指摘する。
「これまで進まなかったDXが、生成AIの登場で一気に進む可能性があります。また日本の安心・安全な社会環境は特筆すべき利点です。財布を落としてもそのまま戻ってきたり、酔って寝てしまっても安全だったりするのは本当に素晴らしいです。AIにおいてもこうした安心安全な環境を作ることが重要です。企業側の仕組みが整った上で業務とAIを組み合わせれば、新たな価値創造に思い切り挑戦できます。日本の対面サービスの質の高さや職人技の素晴らしさをAIでナレッジ化できれば、世界最高品質のAIサービスが実現できるのではないでしょうか。私たちは今まさに、そうした可能性の入り口に立っているのです」
漆原氏に生成AIの未来を聞いてみた。漆原氏はこれから個人や企業のノウハウを組み込んだ個別AIエージェントが多数出現し、個々に連携する未来を予測している。独自の知恵がデジタルサービス化され、各分野の専門AIエージェントの時代が到来する。現在主流の汎用的なLLMに加え、独自の知識やスキルを持った独自エージェントの構築技術がより重要になると強調し、エンジニアもこの点を意識すべきだと指摘した。
現在、まだ多くの企業が生成AI導入の入り口にいる。汎用のチャットボット導入だけでは効果が小さく安全性も懸念される。ユーザーのAI活用のスキル不足も問題だ。しかし漆原氏は、近い将来AIがあらゆるシステムの裏側に組み込まれ、ユーザーが無意識にその恩恵を受ける世界が到来するだろうと語る。こうした変化の中で、エンジニアやデベロッパーの重要性がさらに増すと漆原氏は言う。
「エンジニアには、AIの力を理解した上で、適切に活用し正しく社会実装できるかどうかが問われています。APIの組み合わせで新しいサービスが俊敏に作れる時代だからこそ、開発者の社会実装力が重要です。また、倫理的な配慮も求められます。万一何か起きた時に、世の中を救えるのもエンジニアです。不適切な利用を防ぎ、社会の規制やルールを守りながら開発を進めるべきです。日本全体で力を合わせ、安心・安全で高品質なAIサービスを世界に向かって創っていきましょう」
AI時代に活躍できるエンジニアやデベロッパーになるために必要なキャリアについて、漆原氏は「これまでのキャリアパスには無い新しい役割がどんどん産まれています。自分独自のキャリアを自ら作り上げていく時代です」と続けた。またイノベーションが激しい時代に技術に向き合う心構えとして「興味を常に失わない」かつ「トレンドに流されすぎず本質を理解する」ことが重要だと述べた。
技術のトレンドについては、常に「少し引いた視点で見る」ことが大切で、個々の技術に振り回されることなく、中長期的な視点で広く技術の方向性を見極めるべきだと指摘した。
「エンジン技術の進化が早いので、ちょっとチューニングしている間に新しいソリューションが出現してしまいます。だからこそ今は、何度でも簡単に作り直せるようなアーキテクチャを取るべきです。またLLMの大規模化やモデルチューニングの動向にとどまらず、特化型エージェントやロボットなどの組み込みなど、周辺の新たなトレンドにも注目したいです。エンジニアコミュニティ活動も非常に活発なので、どんどん参加してみるのが良いと思います」
最後に、漆原氏は日本のエンジニアに向け、生成AI時代における重要な役割と機会について次のようにコメントした。
「日本がさまざまな領域で遅れていると言われていますが、それを取り戻す鍵となるのは生成AIへの社会実装だと思います。今がエンジニアの腕の見せ所です。新しいサービスが次々と登場する中で、それらをどう利活用するか、自分たちで何を作っていくか、まさにエンジニアの腕にかかっています。APIを縦横無尽に使いこなせるエンジニアの価値はますます高まる一方です。積極的に生成AI技術を活用して、自分の腕を磨いてほしい。ワクワクする未来社会を実際に創るのは、いつの時代もエンジニアなんです」