日本の将来展望と技術競争力の向上
登氏によれば、システム構築には二種類のスタンスがあるという。一つは「プロダクション系」または「製造系」と呼ばれる大規模な運用環境で、安定性を重視し、「動き始めたら絶対触るな」という類のものだ。もう一方には、試行錯誤を重ねて自然発生的に生まれるシステムがあり、例えばMicrosoftのAzureやOffice 365も、最初は「遊び心」から始まったベータ版的な実験システムだったが、最終的に巨大なエコシステムへと成熟した。
「Google、Amazon、Microsoftが強いのは、組織内に試行錯誤の場を設け、同時に大規模な安定システムも併せ持っていることにある」登氏はこう指摘する。この二面性は、かつての日本の成功企業にも共通しており、例えばパナソニックやトヨタも、新技術を試す場と安定した量産体制の両方を持っている。しかしIT企業だけはなぜか例外で、登氏によると「安定運用ばかりを重視し、実験が軽視される傾向があり、これが競争力低下の一因だ」という。真のデジタル人材には、システムを作り出すスキルが不可欠なのだ。
では、日本のデジタル人材に不足しているのはどの領域か。登氏は、「アプリケーションやハードウェアは一定の地位を保っているが、両者の間に位置するシステムソフトウェアが弱点になっている」と指摘する。システムソフトウェアは一度完成すると長期間利益をもたらすが、こうした基盤技術はアメリカや中国に依存しているのが現状である。
システムソフトウェアといっても、ゼロから全部開発するのは大変で、必ずしもその必要はないという。例えばGoogle、Amazon、Apple、Microsoftも基盤をゼロから作ったわけではなく、既存のオープンソース技術などを活用している。GoogleはLinuxやKVMを、Amazonは初期のEC2に他社ハイパーバイザーを導入、Appleもオープンソースを組み合わせてOSやアプリの基盤を作っているし、MicrosoftのWindows NTもDECのVMS開発で形成されていたOS技術を取り入れて発展してきた。近年のMicrosoftはLinuxをも活用している。登氏は「既存技術を"接着剤"のように組み合わせることが、効率と革新を生む鍵だ」とし、かつての日本が鉄鋼や自動車などで築いた競争力を見習い、自国での試行錯誤が重要だと強調する。
また、日本のオープンソース文化は英語圏に後れを取っているが、大正時代の日本がドイツ語を介して技術を学び、日本語での書籍を通して技術力を確立した歴史があるように、独自の文化圏での技術知識の普及の努力も可能であると続けた。
日本だけでなく、全世界のコンピュータユーザーが直面している問題は、買収やバージョンアップで挙動が変わる「短命な技術」に基盤部分を依存せざるを得ない現状だ。特定のLinuxディストリビューションや仮想マシン技術、クラウドサービスなどが買収などによって変質し、あるいは、外国人開発者の好みによる突然の挙動の変更で、安定性が失われるケースも多い。ここに日本企業にとってのチャンスがある。登氏は「日本が目指すべきは、現在のような数年でコロコロと挙動が変わる不安な基盤ではなく、トヨタのカローラのような、長寿命で信頼性の高いブランドOSやソフトウェア基盤だ。家が60年持つ時代に、基盤ソフトウェアも数十年単位で長寿命化を実現してはどうか」と提案する。
最後に登氏は、改めて"けしからんいたずら"を通じた試行錯誤の重要性を強調した。技術者が枠を超えて挑戦することで、新たな価値が生まれるからだ。MicrosoftやAppleが"けしからんいたずら"からイノベーションを生み出したように、自身も大学での"けしからん"経験と試行錯誤を重ね、開発したシステムが政府に認められたと語り、「遊び心が成長の礎になる」と結論付けた。
「日本の企業や役所、大学の中にいる優秀な方々が、今の資源を活用して試行錯誤をすれば、余裕で1位になれる。なぜこの20年ほど日本企業が低迷していたのか。それは実は、日本がいったん成功して休んでいただけではないか。かつて日本は製造業をはじめとする各種の産業で後発したが、強力な国際競争力を実現し、外国の先進企業群を倒産寸前まで追い込み、圧倒的な地位と富を築いた。莫大な富を得た日本は、満足して、その後長い休息に入ったが、ついに朝が来て目を覚まそうとしているのだ。ここから日本は、夜間にゆっくり休んだ唯一の国として再び起き上がり、外国が徹夜でやってきてそろそろ休まないといけない頃とちょうどそれが重なり、21世紀にも、ふたたび世界一になるだろう」。登氏はこのように力強く語り、まさに「これからが本番」となる日本の未来に期待感を示してセッションを締めくくった。