経験とともに、仕事への向き合い方と意識が変化
菅沼氏が所属するウエディングパークは1999年に設立。「結婚を、もっと幸せにしよう。」という経営理念の下、2004年に日本で初めて結婚式場のクチコミサービス「Wedding Park」をスタートさせたウエディング情報サービス会社である。現在はWedding Parkのほか、海外挙式のクチコミフォトサイト「Wedding Park海外」、ドレス選びがさらに楽しくなるクチコミサイト「Wedding Park DRESS」、フォトウエディングの決め手が見つかる「Photorait」、指輪選びの決め手が見つかる「Ringraph」という5つの専門メディアを運営。結婚を決めたカップル向けにさまざまなテーマで、ベストマッチを実現するサービスを提供している。
またウエディングパークはこのような個人向けだけではなく、結婚式場向けにWebサイトやデジタル広告で配信するクリエイティブをノーコードで作れるツールの提供、デジタル広告の配信、DX推進、オンラインスクールの運営、結婚式費用試算サービス「mieruupark」などを提供している。
菅沼氏は、新卒でSIerに入社して以来、モノづくりに携わってきた。子どもの頃の夢は発明家。そのため社会人になる前から「自分で生み出したものが人の役に立つ、人の生活を便利にする、人を驚かせることにつながるといいなと思っていた」と話す。
とはいえ、企業に所属して仕事をするということは、自身の思いだけではなく、会社に貢献をすることも必要になる。経験と共に意識にも変化が出てきた。
SIer時代は、「スケジュール通りに開発するなど、与えられた案件にベストを尽くすことで精一杯だった」と振り返る。課題や要件はお客様側にある。「自分の技術スキルや設計力を上げることで、より良い提案や品質の高い開発ができるようになり、お客さまとの信頼関係を強めることができると考えていました。この時期は自分の仕事が所属する企業にどのような価値を生むかまでは考えられていませんでした。ただ人材育成のミッションを持っていたので、同僚のスキルアップにつながることがあればいいなという思いはありました」(菅沼氏)
BtoCサービスに携わってみたいという考えから、化粧品のクチコミサイトを運営する企業に転職。そこではSIerでの仕事の進め方の違いに戸惑いながらも、BtoCサービスに携わるやりがいを感じていたという。「経営で決められたKPIを背負うのはプロデューサーやディレクター。エンジニアである私はプロデューサーやディレクターの設計相談に乗りながら、ユーザー目線での機能開発を推進。KPIの根拠などはわからないものの、機能開発することがKPIの貢献につながると考えていました」(菅沼氏)
この頃には、自社サービスを背負っているんだというエンジニアの責任感が芽生え始めたという。というのも不具合を出すと、メディアに大きな損失を与えてしまうという経験をしたからだ。
化粧品のクチコミサイトで得たノウハウを生かすため、ウエディングパークに転職。当時のウエディングパークの社員数は約20人。菅沼氏はシステム開発部門を立ち上げに従事。その後、サイト開発・エンジニアメンバーのマネジメントに携わった後、現在は全社を横断したデータ領域の専任として同社データ活用の推進を行っている。
ウエディングパークでは、「職種に関係なく社員全員が共通目標を達成するためのアクションをとっていた」と菅沼氏は振り返る。
例えばWebサイトの機能の利用者数が目標であれば、営業もディレクターもエンジニアも職種に関係なく、全員がそれを達成するプランを考えるのだ。菅沼氏もどのようにしたら目標達成をアシストできるか知恵を絞り、自分ができることを考えたという。「そういう動きの中で、会社の目標や成長に貢献する意識を持つことができるようになりました」(菅沼氏)
デザイン経営の導入で、事業成長への貢献意識の醸成を加速
当事者意識を持って会社への貢献という意識をさらに醸成したのが、2021年より導入したデザイン経営である。
これまでは顧客とユーザー、自社の3点を中心に課題解決やニーズの発見を行っていた。デザイン経営導入により、その3点にプラスして社会視点を取り入れることになった。「モノづくりにはデザイン思考、経営にはデザイン経営という考え方がスタート。クリエイターだけではなく、営業やバックオフィスチームのメンバーも活用して事業運営をしています」(菅沼氏)
案件の進め方は社会課題を見つけることから始まり、次にインサイトを考え、必要なことを検討し、戦術であるサービスや機能化に取り組む。このフローをウエディングパークでは3段方程式と呼んでいる。これら3段の中でエンジニアが必要とされる領域は戦術の部分であることが多いが、上流からエンジニアも含め、チーム全員で考えるのだという。この3段方程式で案件に取り組むことで、「エンジニアも事業貢献を支えていることがより理解できるようになり、スケジュール通りにリリースできることが事業成長への貢献の第一歩だと認識することにつながっている」と菅沼氏は言う。
ウエディング業界特化型サーベイツール「survox」において、議事録・要約機能のリリースにつながった菅沼氏のアクションはその一例だ。survoxは、結婚式場で接客を受けたカップルにアンケートを取り、データとして収集し、新たなニーズを見える化、多角的な視点から課題解決を支援するというもの。
議事録・要約機能が開発される発端となったのは、DX事業のチームからデータ推進を担っている菅沼氏に「蓄積されたデータから有用な分析ができないか」という相談されたこと。「結婚式場ごとに同ツールの利用目的や利用シーンが異なったり、データ量が十分になかったりするなどの理由から、機械学習で推論するのに限界を感じていました」と菅沼氏は当時を振り返る。
そこでDX事業の技術責任者と話をする中で、接客現場の可視化をするのであれば、アンケートのサーベイだけではなく、リアルな接客の会話を収集すると良いのではという案が出てきた。「会話のデータを収集し、音声AIで文字起こしと要約にチャレンジさせてほしいと提案しました」(菅沼氏)
音声AIの領域で必要となる録音、文字起こし、要約の3領域に分かれて技術検証を実施。それぞれの領域の特性を把握した上で、メリットやデメリット、コストなどを含めて議論し、採用技術を決定していったという。
この段階ではサービス化まで検討していたわけではなかった。「営業もディレクターもエンジニアも一緒になって、この技術を付き合えば他にどんなことが解決できるのか、課題の洗い出しを行いました」(菅沼氏)
こうした議論を行ったことで、活用の幅が広がりそうなことが分かった。その後、社内でプロタイピングを実施し、実際に業務の中で使えるのか検証していったという。「非常に便利」という声が多く届けられたが、使っているうちに業界用語をもう少し拾えないかという意見も届いた。
その声に応えるようさらに精度を上げ、一部の結婚式場でテスト利用を実施。ユーザーからのフィードバックを反映し、検証を繰り返し行ったという。機能をブラッシュアップしていく一方で、生成AIを安心・安全に活用できるよう、法務関連の確認なども実施し、サービス化における懸念事項を一つひとつクリアしていった。このようなフローを経て、議事録・要約機能は新サービスとしてリリースされることになった。
同機能をリリースしてまだ2カ月しか経っていないが、ユーザーからは「これがなかった頃には戻れません」「全体的に大満足のサービス」との声が届いているという。
「このサービスは、私が仕事に対して思い描いてきた、自分の生み出したものが人の役に立つ、人の生活を便利にする、人を驚かせることを実現できただけではありません。事業成長にも貢献するという経験もできました」と菅沼氏は満足そうに語る。
今年、ウエディングパークのクリエイター組織(エンジニアやデザイナーも含まれる)では、クリエイターがデザイン思考と具現化力を武器に事業成長をリードするという方針を打ち出した。「自分たちの技術や知見を駆使してサービスを作り、そのサービスを通じて社会課題を解決することで、事業成長に繋げていこうという考え方です」(菅沼氏)
事業貢献につながるアイデアを出すために日頃から意識している考え方
もちろん、最初から事業貢献につながるアイデアを出すことは難しい。そのため菅沼氏は、クリエイターの醍醐味であるモノづくりの楽しさを存分に味わうことの大切さも発信するようにしているという。
技術を楽しみながら事業貢献を意識するには、どのようなアクションを心がけるとよいのだろうか。第1はさまざまな部署の社員とコミュニケーションをとること。「雑談などの、業務に関係のない話もします。雑談の中で社内の課題だけではなく、社会課題が見つかることもあります」(菅沼氏)
第2に社内で発生しているさまざまな案件を把握すること。「取り組んでいる課題や挑戦している領域を理解しておくことで、何か相談されたときにすぐに提案できる状態にしています」(菅沼氏)
忘れてはいけないのは、盤石なシステムも事業成長には欠かせないことだ。それを可能にするのはエンジニアである。「新しいものを生み出すだけが事業成長ではないということを、経営者を含めた非エンジニアが理解しておくことも大切です」と菅沼氏は釘を刺す。
最後に菅沼氏や次のように参加者に呼びかけ、セッションを締めた。
「事業成長と開発をリンクさせて、ワクワクしながら社会貢献に繋がるクリエイターライフを満喫しましょう」