効率化で終わらせない。AI導入で見えてきた「組織の基本動作」
セゾンテクノロジーは、ファイル連携ミドルウェア「HULFT 10」やクラウド型データ連携プラットフォーム 「HULFT Square」、データ連携ツール「DataSpider Servista」といったプロダクト・サービスを提供し、企業のデータ活用を支援する企業だ。同社のエンジニア組織では、AI活用の方向性として「Saison Technology AI Stack」を定め、AI活用を社内業務の効率化にとどめず、プロダクトの価値向上を経て、最終的に顧客へのサービス提供まで昇華させるという戦略を描いている。
これを実現する環境づくりについて、高坂氏はエンジニア組織とAIの向き合い方を「使える状態を作る(Enable)」「正しい行動を揃える(Normalize)」「組織に残す(Institutionalize)」という3つの軸で整理する。3つをそれぞれ順番にこなすのではなく、オーバーラップさせながら同時並行で進めることを意識してきたという。
Enableの実践として、同社は2023年からAIツールの導入を進めてきた。GitHub Copilotを製品開発部門に導入し、PR-Agentでレビュープロセスにも活用を広げた。2025年4月にはCursorをSI部門に本格展開するプロジェクトを立ち上げた。
高坂氏は、SIの現場には固有の壁があると説明する。「ソースコードや設計書がお客様の資産か自社の資産かが、ケースバイケースになります」——権利関係が複雑に絡み合うSIerならではの事情だ。同社は提供規約や契約書ひな形の改訂という地道な準備を経て環境を整えた。さらに浸透のKPIを設定し、面倒な手続きも乗り越える動機付けをプロジェクト内に仕込みながら、SI部門へのCursor展開を進めた。
ツールの普及と並行して整備したのが、カスタムインストラクションとプロンプトテンプレートだ。標準手順を整備するプロジェクトを社内に立ち上げ、サンプルコードが入った状態のカスタムインストラクションを公開・配布した。ツールを渡すだけでなく、効果的な使い方を標準化して組織全体に根付かせる狙いがある。
続く「Normalize」では、プロジェクト活動そのものを言語化することから始めた。SIプロジェクトは一見ウォーターフォール型に見えるが、顧客定例会を起点に内部準備→定例会→ラップアップという週次サイクルを繰り返している。問題プロジェクトを分析すると、このサイクルのどこかが崩れていることが多い。アジェンダが場当たり的になっていたり、話せなかった議題が振り返りからこぼれ落ちたりするケースが散見された。
課題解消のために開発したのが、プロジェクトマネージャーアシスタントAgentだ。プロジェクト開始時に作成したミーティング計画と会議の録音データを突き合わせ、議題の抜けや積み残しをリスクアセスメントとして出力し、議事録の自動生成も担う仕組みだ。
展開当初、現場から「このエージェントの仕組みのために、わざわざミーティング計画を作るのか」という声が上がった。高坂氏はそれを根本から否定する。ミーティング計画とは本来、プロジェクト開始時点で策定すべきものだ。「AIを利用した仕組みによって、基本動作ができているかどうかがあらためて問われることになります」と高坂氏は指摘した。AIは業務効率化のツールである以前に、組織の基本動作を照らし出す鏡でもある——これが高坂氏の見解だ。
この考え方はプロダクトのライフサイクル全体に展開されている。企画・調査から開発、リリース、サポートに至るまで、ライフサイクルをエージェントで埋めていく方針だ。中でもサポートセンターでは、一部の条件に該当する問い合わせに対してエージェントが自動回答する仕組みがすでに稼働している。
AI進化に備えた「生データ」の先行蓄積が意味するもの
「Institutionalize」については、生成AIの現在地を俯瞰しながら、次の段階を見据えた。初期のプロンプトエンジニアリングが注目された時代から、主軸はコンテキストエンジニアリングへと移行してきた。一般解を特殊解に変え、汎用的な集合知を自社固有の競争力へ転化することが目的だ。しかし高坂氏はこれも通過点とみる。「何をしたいか、どういう制約のもとで進めるかという意図だけ伝えれば、AIが実行してくれる世界になっていきます」と述べた。
そこで足りなくなるのがデータだという。現在のアプリは生データを人手やモデルで加工してAIに渡しているが、モデルの性能向上とコンテキストウィンドウの拡張が進めば、将来は同じ生データからより豊かな変換が行えるようになる。今のうちに生のデータを蓄積しておくことが、先行投資になるという論理だ。
「このエージェントの仕組みを使っていただくことで、会議の録音データやミーティング計画といった生のデータが溜まっていきます」と高坂氏は明かす。今の業務効率化と同時に、将来に向けてデータを蓄積する視点をエージェント設計に組み込んでおくことが、長期的に効いてくるというのが高坂氏の考えだ。
特に重視するのは2種類のデータだ。1つは会議の録音データまたは文字起こし。もう1つはADR(Architecture Decision Record)であり、アーキテクチャ上の決定だけでなく、結論に至る議論の過程も含めて記録する。以前はGitHubで整形済みのMarkdownとして管理していたが、現在は議論チャットをそのまま保存する形に切り替えた。「今取っていないものは、3年後にAIが賢くなっても存在しないものになってしまいます。これを今残しておくことが重要なポイントです」と高坂氏は強調した。
エンジニアの実力を正確に把握する2つのアセスメントとは
後半は、データでエンジニア組織自体をエンパワーする取り組みの解説へと移った。出発点はエンジニア組織に共通する課題の整理だ。手が早い・説明がうまいといった目立ちやすい特性を持つエンジニアが重宝される一方、堅実に成果を積み重ねるタイプには光が当たりにくい。アセンブラのようなプリミティブな技術とマネージドサービスを使いこなす力は本質的に比較できないのに、不毛な論争に発展することもある。スキルサーベイで定量化を試みても、自己評価に依存する限り問題は解消されない。
エンジニアの力を引き出すために避けるべき事態として、高坂氏は3つを挙げた。本来の実力があってもアサインミスマッチで発揮できないこと、認知の限界を世界の天井と思い込んで視野が広がらないこと、組織の「イケているエンジニア像」がコンテキストとして蓄積されないことだ。
対策として、2025年から全エンジニアを対象に2種類のアセスメントを開始した。汎用知識量を測るものにはJTP株式会社のGAIT2.0を採用。重点領域として定めた「データマネジメント」の専門知識については、DMBOK2をベースに独自で策定した59問のアセスメントを実施した。「アセスメントの目的は評価ではなく、ミスマッチの発見です」と高坂氏は言い切る。
2つの結果を中央値で4象限に分けたところ、汎用・専門ともに高い右上のエース層が業務評価とも一致することを確認できた。高坂氏が注目したのは右下の「汎用知識は高いが専門知識が低い」ポテンシャル層だ。勉強はしているが現場での活躍に結びついていない可能性があるのだ。89名を対象にデータマネジメントの実践型研修を実施したところ、約28%(25名)がアセスメント上でエース層の水準に到達した。
2026年3月からは、アセスメントスコアと業務評価の乖離を照合し、ミスマッチが疑われる人材にCTOと人事が主導して最適な配置を働きかける。アセスメント結果を人事評価には一切使用しないことを原則とした上で、改善の機会を当事者に届ける取り組みだ。
もう1つの施策はスキルサーベイのリデザインだ。従来は「社内ハイエンド開発者」などの曖昧な文言で評価を求める形式で、ハイエンドの定義が個人に委ねられていた。自分がトップだと思えばそこが天井となり、その先の世界が見えなくなる。そこで、ハイエンドの定義を個人の感覚から組織の基準へと引き上げた。組織として「どういうことができるエンジニアが優秀(かっこいい)のか」を明確にし、その想いをスキルの定義そのものに込めたのだ。
刷新後の設計では、開発技術のレベル6を「技術選定・設計・実装方針を定義し、アーキテクチャの最適解を決断できる」と明文化。レベル5は「内部動作やCPU/メモリ効率など設計上の選択理由を明確に説明できる」と定義した。ツール活用についても、使えるか否かという基準を超え「ツール特性を踏まえ、業務プロセスを再設計し定着させられる」を最高点とする。次のステップが自ずと見えるよう設計されている。
さらに今後実施予定のサーベイからは、600スキル×770人の結果を統計処理した上で生成AIに渡し、各技術の組織内ポジションを自動ラベリングする仕組みを導入する。少数エキスパートに支えられている技術か、初学者が多く中間層が薄い技術か。「組織の技術に対する状態がどうかを常に可視化していく取り組みを始めます」と高坂氏は述べた。
AIとデータによって、エンジニア組織の見えていなかった課題を次々と照らし出している。最後に高坂氏は「自分たちでやってよかったことをお客様に届けていくというサイクルを回しています。今日の取り組みに興味を持っていただいた方は、ぜひセゾンテクノロジーに声をかけていただければと思います」と呼びかけた。
セゾンテクノロジーからのお知らせ
セゾンテクノロジーではエンジニアの仲間を募集しています。開発環境やカルチャー、現在募集中のポジションなど、詳しくは採用情報ページをご覧ください。

